第5話 閑話休題

 仕立て屋とは言ったものの、それは城内にある国営の施設だった。普段は王族や貴族の衣服を仕立てているらしく、いたるところに売ったらしばらく遊んで暮らせそうな服が飾られている。

「ラフなのでいい。こいつに合わせて一式頼む」

 メライアが注文を言うと、仕立て屋の女は上機嫌に巻尺を持ち出す。

「お任せあれ~」

 するとどうだ。巻尺は彼女の手を離れ、あっという間にガリアの採寸を始めたではないか。

「魔法使いか!?」

 インチキ手品師ならスラムでも掃いて捨てるほど見たが、本物の魔法使いは初めて見る。すると、仕立て屋の女は得意気に言った。

「私は魔法の仕立て屋さん。マジータちゃんって呼んでね」

 そばかすと癖っ毛頭。一見するとスラムのインチキ手品師と大差ないが、その実力は本物であるらしい。寸法をもとに、あれよあれよと衣服が組上がっていく。

「……っと。はい完成」

 完成した衣服は、小奇麗だが派手すぎない、無難な仕上がりであった。センスもあるようだ。

「お代は?」

「給与天引きで」

 服まで恵んでもらってしまった。いやあ申し訳ないですねえ騎士様!!

 促されるまま試着室で着替える。その間二人はなにやら話していたようだが、多分世間話かなにかだろう。まるで脱いだ皮のように寸法の合った衣服に着替え、メライアに連れられたまま城下町へと出た。



「ここは魚料理が絶品なんだ」

 メライアに連れられたのは、よく知る大衆食堂とは趣の違う店だった。各所の調度品は小洒落ていて、壁や扉にはエングレービングがあしらわれている。相場はよくわからないが、恐らくだろう。

 彼女のオススメは季節の魚ホイル焼きとのことだ。メニューを見てもなにがなんだかわからないので、存在しないこだわりは捨てて素直に従おう。

「マスター、ホイル焼き二人前で」

 メライアが慣れた様子で注文するも、返答は予想外のものだった。

「ああ、すいませんね騎士様……今はホイル焼きできないんですよ」

 申し訳なさそうに頭を下げる店主。その所作は堂に入っていて、店のレベルの高さを思い知らせる。しかしメライアにとってそんなことは些細な問題。本題はホイル焼きだ。

「珍しい。不漁ですかね?」

「実は、いつもの漁師が海で魔物に襲われたようでして……」

「ヤスさんが? 一体どんな魔物が」

「どうやらクラーケンらしく……」

「それは……早急に対処せねば」

 よくわからないが俺達の海になにか問題が起きたようだ。和やかな雰囲気を拭い去ったメライアは、真剣な眼差しでガリアを見る。

「明日の業務が決まった。帰ったら防水Bの申請をしておくように」

 急に仕事を話しをしないでくれ。公私混同だぞ。

 どうも使用申請は手間がかかるらしく、食事はあっさりと切り上げられてしまった。まあ所詮はタダ飯なので食えれば構わない。小骨が喉に刺さるとか日常茶飯事だし。

「ゲホッゲホッ」

「風邪か?」

 事務処理中に何度も咳き込むガリアを見て、メライアは怪訝顔をした。馬鹿は風邪を引かないのにとでも言いたげだ(被害妄想)

「いや、むせただけだ。ゲホッ」

 実際は小骨が抜けないだけである。強く主張してもダサいだけなので適当に誤魔化した。

「そうか……今日は疲れただろう。これが終わったら早く寝るといい」

 言われなくても今日は早く眠るつもりだ。屋根の下で寝るのは何日ぶりだろうか。今から楽しみで仕方がない。小骨が少しばかり気になるが……まあ、些細な問題だ。

 煩雑な事務処理を終えたところで、不意に彼女は言う。

「……それにしても、スラム育ちの君にどうしてこんな七面倒な事務処理ができるんだ」

 あんたが教えてくれたからだろ……。

「そりゃ教わったらできるだろ」

 しかし彼女が言いたいことはそういうことではないようだ。小隊分の申請書をまとめながら彼女は言う。

「違う。吸血甲冑の扱いもそうだが、こういったものには下地としての教養が必要なんだ。文字の読み書きはもとより、書式への読解力とか、いろいろとね。それが君にはんだ。教育を受けるような機会なんて、どこにもなかったはずなのに」

 そう言われても。できるものはできるとしか言いようがない。自分がどこで生まれたかわからないように、物心つく前の自分がどんな生活をしていたかなんてわからないのだから。

 しかし彼女にとっては一大事らしい。極めて真剣な眼差しをガリアに向け、続ける。

「……正直に言うと、私は君の素性を疑っている。ただのスラムのチンピラではない……そう思っている。君が嘘をついていないのはなんとなくわかるが、背後関係が読めないんだ。キルバスの件もあったしね」

 そこで一度言葉を切り、今度は優しい声音で言った。

「君個人の人間性は信頼しているんだ。それでも、仕事柄……私は国と女王の盾だからね。許して欲しい」

「いや……構わないけど」

 疑われるのには慣れている。この件に関しては自分でも声を大にして無実を証明できるわけではない。自分が何者なのかなんて、今まで考えたこともなかった。

 それよりもこんなチンピラの人間性を信頼する彼女の方が心配だ。この世で一番信頼できない手合いだと思うのだが。

「そっか……ありがと」

 なんともいえないしんみりとした雰囲気の中、事務処理は完了した。彼女は書類を提出してから部屋に戻ると告げ、この場を去る。周囲には価値のありそうな書物や調度品がいくつもある。管理が杜撰なものもあり、いくつかちょろまかしてもバレはしないだろう。

 だが、今日のガリアはなにもしなかった。

 気が乗らない。タイミングが悪い。必要がない……理由は後からいくらでも思い付く。なんであれ、なにも盗まなかった。

 これが一時の気の迷いなのか、違うなにかなのか。今のガリアには考えもつかなかった。

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