第4話 にじり寄る影
キルバスと名乗った正体不明のVM――ブラック・ガヴァーナは、ドラグリアンを……というよりも、ガリアばかりを執拗に狙っていた。
「迎えに来たよ! こっちへおいで!!」
意味のわからないことを叫びながら、細身の機体で鋭い閃撃をこれでもかと繰り出す。その動きはあまりにも早い。回避すらままならず、メライアの援護も虚しくじりじりと機体にダメージが蓄積する。これ以上は危険だ。
「ノスフェラート・ミスト!」
肘の噴射口から霧が噴き出す。ジャミングだ。ブラック・ガヴァーナの動きが一瞬止まる。上手く行った。ドラグリアンも素早い機体ではあるが、それを遥かに越えるすばしっこさだ。そのうえとんでもなく巧い。悔しいがとても太刀打ちできない。
動きの止まった相手から、一旦距離を取る。すぐに仕掛けるのも手ではあるが、こちらの居場所を悟られるのはよくない。それに、独自の超音波レーダーを搭載したドラグリアンは一方的に攻撃を仕掛けられるのだ。背後に回り込み、急接近し――
「みぃつけた♡」
手刀、一閃。見えていたとしか思えない、狙い澄ました一撃。しかし引きつけが足りない。間一髪で回避したガリアは、間髪入れず再度突撃する。
一撃。かわされた。いや、カウンターだ。咄嗟に回避する。先程よりもタイミングが合っている。が、踏み込みが足りない。どうやら見えているわけでもなさそうだ。
今度は長めに距離を取る。ヘッド・センサーはこちらの動きを捉えていない。再突撃。これもいなされてしまった。見えてはいないが、こちらの動きは読まれているのだ。
間違いない。奴はこちらの動きを予測できるなんらかの手段を持っている。内包魔力で扱えるような予知魔法の精度ではない。これはもっと違うナニカだ。
……端的に言って、かなりまずい。
じきに霧は晴れる。もう一度散布するか? いや、しかしこの程度の効果ではいずれ無意味になってしまうだろう。なら何度も同じ策を弄するのは愚というものだ。だがしかしならどうやって――
「ガリア、どけ!!」
不意に怒号が耳をつんざく。メライアの声だ。彼女にいい考えがある。わけもわからないまま、ガリアは霧の外へと飛び出した。
「ここは廃棄区画だ!」
いつの間に展開していたのだろうか。霧を包むように広がる魔法陣が輝き、温度上昇と共に一瞬で霧が晴れる。――火柱が上がった。
「アッツ!!? こ、この女、このっ!!」
慌てて飛び出したブラック・ガヴァーナからは黒煙が上がっている。相当なダメージを受けているらしく、よろめいていた。
「また来るから! ガリア、待っててね!」
捨て台詞と共に翼を展開し、離脱。ドラグリアンもレギンレイヴも空を飛べないので追跡はできない。逃した……いや、この場合は助かったと形容するのが正しいだろう。そもそも所属すらわからないのだ。ヴァンパレスとも違う第三の勢力。厄介なことになりそうだった。
「なんだったんだあいつ……」
安堵とともに吐き捨てた言葉に、メライアは苦笑する。
「知り合い……ではなさそうだね」
一方的に知られているだけで、あんな手合に知人は居ない。いや、スラムに住んでいた頃なら多少は居た気もするが……そんなに親しくなかった上にほとんど死んだ。頭のおかしい人間はロクな死に方をしないのだ。
「それにしても……ブラック・ガヴァーナか……」
あれだけ強力なドラゴンクラス――いや、変形するからワイバーンクラスかもしれない――が存在している。それも、正規軍やヴァンパレスのような名の知れた組織ではない、無名のどこかに。
などと考えていると、メライアは物珍しいものを見るような目をこちらに向けていた。ガリアが考え事をしているのがそんなにおかしいのだろうか。
半眼を返すと、彼女は我に返ったように言う。
「え、君文字読めるの? スラム育ちなのに?」
なんだそれは。
「普通読めるだろ」
が、彼女は眉根にシワを寄せた。前にもこんな展開があった気がする。
「普通は読めない。いや、普通の人は読めるけど、普通のスラムの人は読めない。……君、ほんとにスラム生まれ?」
そう言われても困る。
「物心ついたときにはもうスラムにいたからな……どこで生まれたかまではわからねえ」
自分のことすらよくわからない。それがスラム流の生き方だ。
「あとでいろいろ調べないとな……」
※
キルバスとブラック・ガヴァーナについては保留。ヴァンパレスの機体から装者を引きずり出し、捕虜として持ち帰った。
機体の損害報告、補給パーツの発注、関節の調整、エトセトラ、エトセトラ。VMひとつ動かすのにどれだけの書類が無駄になるのか。メライア曰く書式の簡略化と統一化が進んでいるらしいが、先は遠いようだ。
あらかたの事務処理を終えた頃にはもうすっかり日が暮れていた。食い逃げして、逮捕されて、連行されて……これまでの人生が一瞬に思えるほどに濃い一日だった。実は長い夢を見ていて、朝日が昇ればまたあの暮らしに戻るのではないか。そんな懸念さえ抱くほどだ。
どっと疲れが湧いてきた。そんなガリアを気遣ってか、メライアは言う。
「食事にしよう。給金が出るまでは私が奢るよ」
どうやらまた御馳走になってしまうらしい。まあこのまま飢えて死ぬのは御免なのでありがたい話だ。
整備所を出て廊下をしばらく歩く。所帯じみた扉がいくつも並んでいる。どうやらこれが騎士に与えられる個室のようだ。ガリアは騎士ではないのだが、寝床がないのでしばらくは一部屋貸してくれるらしい。幸か恣意か、メライアの隣である。
「着替えてくるからちょっと待ってて」
彼女はそう行って鎧をガチャガチャ鳴らしながら部屋へと入った。かすかに聞こえる金属音と、衣擦れの音。覗こうかとも思ったが、どうせ失敗するのでやめた。少し賢くなった気がする。
女性の身だしなみは長いと言うが、メライアもそのご多分に漏れないようだ。恐らく、あの美しいブロンドの手入れに時間がかかるのだろう。思ったとおり、部屋から出てきたメライアは長髪をしっかりと編み込んで垂らしていた。
「おまたせ。さて……」
腕を組み、ガリアの全身をくまなく確認する。
「全身ボロボロだ。流石にこのまま街に出すのもなんだな……」
ガリアの衣服は何ヶ月も前にゴミ捨て場で拾ったものだ。袖はボロボロだし、あちこち小さな穴も開いている。正面には柄なのか汚れなのか判別のつかない斑点がいくつもまとわりていていた。不潔だ。
「流石に私の服は貸せないしなー。どうしよう」
ラッキーチャンス!
「俺はメライアの服でもいいぞ」
彼女の表情が一気に険しくなる。
「変態」
……まあ、そうなるな。
「それにしても……」
先程咎められたばかりだというのに、ガリアの視線はある一点――いや、二点を凝視していた。
「でっけえおっぱい……」
鎧に隠れて気づかなかったが、彼女のそれはお宝であった。ありがたいですよね。マーベラス。
メライアは一歩引き、組んだ腕をぎゅっと締め付ける。身を守っているつもりなのだろうが、薄手のドレスに包まれた二つの膨らみは更に強調されていた。
「ば……君は欲望に正直すぎるきらいがある」
罵倒をぐっと堪えたのだろう。意識して吐き出されたであろう低い声は、せめてもの情けと言わんばかりにガリアを威圧していた。
「しかたねえだろスラム育ちなんだから」
スラムの女は娼婦か死体かメスガキだ。まともな女はどこにもいない。
「正直すぎる……」
とはいえここで険悪になっても仕方がない。スケベタイムはここまでにして、比較的真面目な話に移ろう。
「まあ、俺個人としては別にこの格好のままでもいいけどさ。そうはいかないんだろ?」
メライアは聖騎士だ。立場と言うものがあるのだろう。
「そうだな……」
彼女は瞑目し、しばし沈黙を挟む。
「仕立て屋に行こう」
これでガリアも仕立て屋デビューである。スラムのゴミから都会派の男に一歩近づいた。
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