第3話 ブラック・ガヴァーナ
「法的に言うと君の行いは窃盗にあたる。それも国の最重要機密物品を、だ。重罪だぞ。拷問打首なんでもござれ。ロクな目に遭わないだろう」
透き通るような声に怒気をはらませ、彼女は言った。
逃げそこねてお説教されている。
護送隊は早くも統率を取り戻したらしい。彼女が指揮するまでもなく、周囲では囚人と賊が取り押さえられている。ドラゴンクラスの鎮圧からまだ間もないというのに。いや、そんなことより今は自分の心配だろう。
いよいよどうにもならなくなった。彼女の話を聞く限り、ガリアは多分死ぬ。獄中であと何日生きられるのだろうか。明日をも知れぬ人生は……まあ、スラムでの暮らしとあまり変わらないかもしれないのだが。
「こればかりは知らなかったが通じない。いや、結果的に助けもらった手前、私も庇いはするが……うーん……」
女騎士は瞑目し、しばし考える。彼女の癖なのだろう。馬車で話していた時も、考え込む時何度か同じような仕草をしていた。
それからしばらく、様々な選択肢を模索したのだろう。腕を組んだ彼女は、片目を開けて言う。
「……君は、ここで逃げろ」
「は?」
すぐには理解できなかった。それを見越していたのか、彼女は特につっかえることもなく説明を続ける。
「君が勝手に乗ったとはいえ、Dナンバーはここにある。しばらく身を潜めていれば、捜査も止むだろう。後は私が取り逃がした責任を負うだけで済む」
つまり彼女は、全ての責任を取ってやるから逃げろと言っているのだ。考えるまでもなく、これは絶好の機会である。今逃げれば、違法建造についての罪も問われないだろう。全てが上手くいくのだ。
いいや、しかし、待て。
本当にそうだろうか。
いや、彼女を疑っているのではない。
ここで逃げて、果たして晴れやかに明日を迎えられるのだろうか。
ガリアは最底辺のクソ人間だが、情動がないわけではない。ツケを溜めていた店が潰れれば残念に思うし、騙した相手が路頭に迷えば寝床ぐらいは恵んでやる。ここで彼女に責任を押し付けて逃げ出せば、きっと夢見は悪いだろう。
今までなにも考えずに生きてきた。眼の前にあることだけを考え、人生の全てをその場凌ぎでかわし続ける。危ないことも、いつも出会ってからなんとかしてきた。そんなガリアが、これから先のことを考えて選ばなければならない。ここが人生の分岐点であると、今まで生きてきた中で、初めて自覚した。
下した決断は――
「俺は逃げも隠れもしねえ。逮捕するならしろってんだ」
どうせなんとかなるだろ。
※
なんとかなったぞ。
Dナンバーと呼ばれる、先程ガリアが乗ったVM。あれはドラグリアンと言うらしい。調整中に開発者が失踪して、誰にも使いこなせずにしばらく放置されていたのだとか。
それを見事に使いこなしてみせたガリアは、特例的に処罰を免れた。それどころか、ドラグリアンの専属装者として身分を保証されるまでになった。スラムのゴミが、国家お抱えの装者になったのだ。世紀の大出世である。
「結構真面目にかっこつけたんだけどな……」
予想外の展開に、女騎士――メライアは終始引きつった笑みを浮かべていた。
「まあ、悪いようにはならなかったし別にいいけどね。ああ……」
ため息を吐いた彼女にどう声を掛けるか考えていると、不意に耳障りな鐘の音が鳴る。入隊説明の時になにか言われたような気がするが、忘れた。態度から察したらしく、メライアは半目でガリアを見る。
「もう忘れたのか? これは襲撃の合図だ」
言うなり駆け出した彼女の後を追う。とりあえずの措置として、ガリアはメライアの部下ということになっていた。特例中の特例措置なので、正式な配属先が決められないのだ。なので称号も騎士ではない。
「実感はないだろうが、形式的には初陣だ。あまり肩肘張らずに後ろで見ていてくれ。今回はレギンレイヴも出られるしな」
彼女は言うが、ガリアは大人しくしているつもりなど微塵もなかった。堂々とドラゴンクラスで暴れられる。その事実が、ガリアの心を躍らせているのだ。このチャンスを逃す手はない。今回の処置を鑑みるに、多少無茶しても処分されなさそうだし。
「地中からドラゴンクラスが三体。あの文様……ヴァンパレスです!
「連中、いつの間に潜り込んだか」
「ヴァンパレスってなんだ?」
「馬車を襲ったのと同じ奴。この頃活発な反体制派だ。穏健派政策が気に入らないらしい」
訊ねはしたが、政治がわからないうえに邪悪に対して関心がないガリアにとってはとてもどうでも良い情報だった。それよりも重要なことがある。
「こっちの戦力は?」
「この程度なら私一人で十分だ」
三対一でも勝つ自信があるのだろう。彼女がフカしているようには見えない。しかし、それでもすべてを同時に捌くのは無理だろう。
「流石に厳しいだろ。俺に一体やらせてくれ」
表向き彼女を心配しているように振る舞っているが、その実暴れたいだけである。ガリアの本心を察したかどうか定かではないが、苦笑しながらメライアは言う。
「構わないが……邪魔はするなよ?」
邪魔をするつもりはない……が、彼女を怒らせても仕方がないので戦う時は少し離れることにしよう。その方が暴れやすいし。
※
結論から言えば、邪魔すらできなかった
彼女の駆るドラゴンクラス――レギンレイヴは、同時に三機を相手取って一歩も引くことなく見事な立ち回りを魅せた。重厚な騎士甲冑を思わせる容姿からは想像もつかないほど早い動きで、三方に散開した相手を円状の動きで漏らさず足止め。かと思えば、動力パイプを一閃。それはどこか儀式じみた光景で、敵の動きですら彼女の掌の上だったのだ。
「カネとモノは揃っているようだが、肝心のヒトがこれではな」
剣から滴る機械油を拭い、鞘に収める。その場のすべてが彼女の勝利を信じて疑わなかったのだろう。流れる空気はどこか牧歌的ですらある。ガリアもすっかり気が抜けて、全身から力を抜いてだらりと立つ。
その時だった。
黒い点。
遥か上空から超高速で接近したそれは、巨大な鎌をドラグリアンめがけて振り下ろした。
閃光――
咄嗟に腕のスパイクブレードで受け止める。金属同士が擦れあい、轟音とともに赤い火花を散らす。パワーはこちらが勝っているが、マウントポジションを取られてしまい分が悪い。ガリアは咄嗟に膝を付いて受け流し、メライアの援護攻撃を頼りに離脱した。
鋭角的な意匠を全面に押し出した漆黒のボディ。細身の四肢。陽光を照り返して光沢を放つ装甲には、袈裟懸けのように『BLACK GAVANA』とペイントされている。ブラック・ガヴァーナ……機体名だろうか。自己主張が激しい。
「何者だ、貴様!!」
メライアの
「私はキルバス……。ガリア、迎えに来たよ」
誰だお前。
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