第2話 Dナンバー
逮捕されてしまった。護送スタートである。
騎士団もカネに余裕が無いのだろうか。老朽化が進んだ馬車は石を踏むたびに激しく揺れ、乗り心地は最悪だった。どこに行っても世知辛いものである。囚人護送隊は陰気な連中ばかりで空気も悪いし、隣に彼女が居なければ逃げ出していたところだ。
そんな彼女は、ガリアに興味津々といった様子だった。
「あの吸血甲冑、どこで教わったんだ? 独学でできるとは思えないんだが……」
ガリアを逮捕した張本人。彼女は王家お抱えの聖騎士らしく、身分に違わず恐ろしく強い。先程セクハラを試みたところ、気づかないうちに肩を外された。痛みがなかったのがなお恐ろしい。
そんなお偉方中のお偉方である彼女だが、ガリアを悪く言うことはなかった。罪を憎んで人を憎まず、というやつだろうか。盗んだ本に載ってた。とにかく、人間としても立派だということだろう。多分。俺バカだからよくわかんねえけど。
とにかく話を聞いてくれるし、なにを言っても嫌味がない。身分に大きな違いがあるにも関わらず、まるでガリアが対等な人間であるかのように扱ってくれるのだ。
そんな彼女が相手だから、質問には答えたくなる。
「あんなの見りゃわかるでしょ」
とはいえガリアはバカなので、ちゃんと説明することができなかった。要は感覚だ。
当然、彼女は疑いの眼差しを向けてきた。
「私ですら士官学校で習うまでさっぱりわからなかったんだぞ……」
そう言われてもなあ。
ヴァンパイアメイルとは、人類が人知を超えた脅威に立ち向かうため知恵と魔法で作り上げた新たなる鎧だ。これまでは高度な魔法知識と複雑な魔導回路を用いて作成・使役されていたゴーレムを改良したもので、甲冑のように身に纏い、血液に乗った意思で制御することで誰でも簡単に扱えるようになっている。制御系が血液を吸い上げるため、吸血鬼の名を冠しているのだ。別にヴァンパイアが素材というわけではない。
血液で制御するだけのことはあり、その本質は直感だ。見ればだいたいなんとなくわかる仕組みになっている。一から作れと言われれば無理だが、ジャンクを組み立てて作るぐらい誰にでもできるだろう。
そう思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「……まあいい。どちらにせよ君は重罪人。まあ、知らなかったってことである程度温情を引き出せないか試してはみるけど……」
言われて、改めて自らの置かれている状況を思い出す。あまりにも彼女が気さくに話しかけてくれるものだから、ついつい忘れてしまうのだ。
「そういえば俺、捕まったんだった……」
ろくでなしである自覚はあったが、本当に捕まるなんて思ってもみなかった。結局はなんとかなるだろうと思っていたし、なんなら今でも少し思っているぐらいだ。たとえばこの馬車が急に賊に襲われて、その間に逃げおおせる、だとか。そんな感じで。
と、ガリアの視界に巨大な影が差した。このサイズといえば、小ぶりのドラゴンか、あるいは……。
――どうやら賽は投げられたようだ。
「敵襲!! 敵襲だ!!」
上空から巨大な人影が三つ。これはギガトンクラスのVMだ。オーガクラスより更に大きい、巨人系の魔物をベースに作られた、国が戦争するときに使うようなモノだ。こんなものを扱える賊が居ることに驚きを隠せない。
女騎士は腰から剣を抜き、指揮を執る。
「護送部隊は至急展開! 上空に一斉射だ!!」
他の馬車から陰気な兵士連中とともに王宮仕様の豪奢なギガトンクラスが顔を出す。儀礼用とまではいかないが、なかなかに立派な装飾だ。女騎士の鎧と似たような装飾が施されている。そこでふと、疑問に思った。
「あんたは出ないのか?」
聖騎士はそれぞれ専用のドラゴンクラスを与えられていると噂に聞いたことがある。こっそりのぞき見た式典でも護衛に出ていたし、多分本当なのだろう。
だが、実際問題聖騎士である彼女は指揮を執るばかりで一向に戦おうとしない。ドラゴンクラスであれば、ギガトンクラス三体程度容易に制圧できるのだが。
すると彼女は自嘲気味に笑った。
「私のはメンテ中だ。なに、あの程度の賊なら問題ない」
部下を信頼しているのだろう。彼女の苦笑に、部下の動向を心配するような色はない。ただただ自分の不甲斐なさだけを自嘲している。
兵隊もプロだ。結果は、彼女の言う通りだった。
さすが正規軍と言ったところか。数で勝るはずの賊のVMは、兵士の駆るVM一機に苦戦を強いられていた。歩兵との連携も完璧だ。一機、また一機と打ち倒し、ついに全て鎮圧してしまった。
逃げる間もないほどだ。
「君が逃げ出せるような隙はできないよ。残念だった?」
腕を組んで部下の戦いを眺めていた女騎士が、隣でキョドっているガリアを一瞥した。蛇に睨まれた蛙のようにガリアは硬直する。
「お見通しかよ……」
その時だった。
黒い影が兵士のVMを引き倒し、四肢をもいで無力化する。それは比喩などではなく、本当に一瞬の出来事だった。
女騎士が素早く剣を構える。
「ドラゴンクラス……!?」
ギガトンクラスよりも一回り大きい、ドラゴンを元に作られたVMだ。素材となったドラゴンの内包魔力によって特殊能力が備わったり備わらなかったりするが、そんなモノなくても素材のドラゴンがまず強いのでとにかく強い。その圧倒的な実力は、ギガトンクラス以下では歯が立たないと言われている。
混乱に乗じ、他の馬車に乗せられていた囚人達が野に放たれる。突如現れたドラゴンクラスへの対処と、囚人への対応。兵士は大混乱だ。
「レギンレイヴがあれば……どうする……」
兵の指揮を執りながら、彼女は周囲を見渡し、ひときわ大きな馬車に目をつける。天幕にでかでかと『D』と書かれたそれは、他とは異なる異質な――しかしどこか見るものを惹きつけるような雰囲気を放っていた。
「Dナンバー……一緒に運んでいたのか!」
言うなり彼女は駆け出し、マントをなびかせ馬車に飛び込んだ。ガリアは岩陰に隠れて様子を窺う。なんだか逃げられそうな空気だが、彼女の安否も気になる。
間もなく、馬車の天幕を破って新たなVMが顔を出した。真紅の機体は刺々しい装飾に包まれ、頭部には二本の角を生やしている。黒いVMと同じくこちらもドラゴンクラスのようだ。なんらかの事情で輸送していたのだろう。
真紅の機体は今も暴れ続ける敵機を背後から強襲。見事にターゲットを引き剥がした。
しかし、動きが悪い。ダイダラボッチで魅せたあの動きが微塵も見られない。狙いを逸したのはいいものの、それから黒い敵機に翻弄され続け、あっという間に追い詰められる。あれならきっと、ガリアの方が上手い。
ほら見ろ、投げられてしまった。見ていられなくなったガリアは、思わず駆け出していた。よじ登ってハッチを開け、額を抑える女騎士に詰め寄る。
「どうしたんだよ、あんた!」
彼女は苦しげに答える。
「こいつは特別だ……どけ、足止めだけでも……」
「よくわからねえ、貸せ!」
ガリアはコクピットから彼女を追い出す。投げられた衝撃でフラフラしている彼女の抵抗など微々たるものだ。長らくの雨風でぼろぼろになった袖をまくり、手首をリング状のヴァンパイアトークンに通す。VMはここから血を吸い、装者とシンクロするのだ。
ドラゴンクラスは初めてだが、勝手は変わらない。それがヴァンパイアメイルが普及した最たる理由なのだから。
「勝手を……!」
激昂する女騎士を地面に下ろし、立ち上がる。目線が高い。これが、ドラゴンクラス。
全てが桁違いだ。吸われる血の量も圧倒的に多い。長くは戦えないだろう。だが、問題ない。
「俺は血の気が多いんでな!!」
短期決戦だ。口火を切るように、ガリアは敵機を背後から襲う。と、振り返った敵機が胸から炎を吐き出した。慌てて回避する。
なるほど、これがドラゴンの力。負けてはいられない。この機体が扱えるのは――
「ノスフェラート・ミスト!!」
周囲に霧を展開。魔力を含んだ水粒は、強力なジャミング効果をもたらす。敵機はこちらを見失った。背後に回って、一撃。
多くの場合、VMの弱点は人間で言う頚椎の位置にある。女騎士に投げられて壊されたのもその部分だ。
――手刀で一突き。
「上手いもんだろ!」
霧が晴れる。
崩れ落ちる敵機を前に、ガリアはガッツポーズをした。
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