第一部 覇道覚醒

始動、ドラグリアン

第1話 スラムの小鬼《ゴブリン》

「待てガリア! また食い逃げか!!」

 小鬼ゴブリンを模した吸血甲冑ヴァンパイアメイルに身を包んだ赤毛の青年が、街道を勢いよく駆け上がる。持たざる者の身振りは疾い。そのすばしっこさは、とても生身で追いつけるようなものではなかった。

「出世払いにしてやるよ~!!」

 ガリアと呼ばれたこの青年は、いわゆるチンピラだ。スラムで育ち、間抜けな貴族や腑抜けた兵士を脅し欺く。強気を欺き弱気を嗤う――言うなればロクでなしだ。明日の暮らしも知れぬ身で、ただ毎日をぼんやりと、目先の感情に頼って過ごす。先代王の治世であれば、まず生き残れなかった人間だ。しかしそんなことを、今の彼は知る由もない。

「へっ、チョロいもんだ」

 人垣をかき分け、風のように奔るガリア。調理場からあまり動かず肥えに肥えた中年太りの店主ではまず追いつけない。大衆食堂の一食は安い。どうせ損害は微々たるものだ。そう自分に生き聞かせ諦めかけた時、彼に声を掛ける人影があった。

「私が捕まえよう」

「おおっ、騎士様!」

 パトロールの途中であったのか、騎士と呼ばれた人影は、兜姿のまま周囲を見渡し、工事現場に目を向けた。建設中の酒場だ。マントを翻し、つかつかと歩み寄る。

「借りてもいいかい?」

 騎士は待機中の吸血甲冑――土木作業用のダイダラボッチを小突き、現場監督らしき男に訊ねた。

「これは騎士様。どうぞお使いください」

「ありがとう。すぐに返す」

 騎士は言うなり、手慣れた手付きでダイダラボッチ――王国で一番普及している作業用吸血甲冑だ――に乗り込む。各部の具合を確認して、跳躍。教本通り――いや、それ以上に美しい円弧跳躍。見るものが見れば、それだけで騎士の技量を計り知ることができる。

 その華麗な軌道は、泥汚れた建機ですらも優雅に見せた。



 ここまで逃げればいいだろうか。ガリアは街の外れで一息ついた。

 ゴブリンクラスのVMヴァンパイアメイルは、魔力補助が弱いので素早く動くために体力を要する。血気盛んな十代後半のガリアとはいえ、これだけ長く走れば息も上がるものだ。

 で食べたエビピラフが思いの外量があった……というのもある。あの店は美味いし量が多いので若者には人気なのだ。殻ごと食べたエビは今にも喉を登りガリアの口からまろびでるのではないかと思われたが、もったいないので堪える。

 さあ次はなにをしよう。クソ兵舎でも襲って日銭を稼ごうか。そんなことを考えていると、巨大な影がガリアの前に降り立った。

 ダイダラボッチ――建設用のVMだ。オーガクラスなので一見するとこちらが不利なように思えるが、ガリアの実力を持ってすれば造作もない。ギガトンクラスまでなら、一クラスの差は技量でひっくり返すことが可能なのだ。

 今日はこいつをバラして売っぱらおう。宵越しの金が余ったら店主に払ってやってもいい。楽しくなってきた。

「先手必勝!!」

 ガリアは叫び、体勢を低くして突進する。ダイダラボッチは建設用。下からの攻めに弱いのだ。そして鈍重な機体は、素早いガリアの動きを捉えられず――足元にを掬われて転倒する……はずだった。

 はずだったのだ。

 刹那、ダイダラボッチは最小限の動きでガリアをいなし、腕を掴んで背負い、投げる。足元を掬ってからのことばかり考えていたガリアは、背中から地面に叩きつけられてからもそのつもりで手足を動かす。それからきっかり三秒もがき続けて、ようやく状況を理解した。自分は投げられたのだ。

 最適化されたガリアの戦闘軌道をいなせる相手などこの街にはいない。相手はなんらかの理由でダイダラボッチを使っているようだが、プロだ。

 それだけではない。もがいていたガリアのVMが徐々にその動きを緩めていく。

「このっ、くそっ!」

 手足が重くなった。魔力補助が完全に切れたのだ。整備は完璧だったはずなのに。

「動力パイプを切った。もう動けないはずだ。降伏したまえ」

 普通できるようなことではない。化物か。

 言うなり、相手はダイダラボッチを降りた。透き通るような――これは女の声だ。これほどまでの凄腕。声は可愛くても多分オークのような女だろう。巷に言う声美人というヤツだ。がっかりするんだよなアレ。VMを脱ぎ捨て渋々両手を上げたガリアは、しかしその光景に目を疑った。

 フルフェイスの兜を脱いで現れたのは、とんでもない美人であった。

 鋭くもどこか可愛げのある目鼻立ち。白い肌に深い青の瞳がよく映える。兜からさらさらと流れ落ちるブロンドは、夕日に照らされた滝のように力強くも美しい。

「……すげえタイプ」

 彼女は呆れたように苦笑する。

「なにを言ってるんだ、君は」

 と、そこでようやく店主が追いついてきた。

「ガリア! 今日こそ払ってもらうからな!!」

「出世したら払ってやるから……」

「そんな予定ないだろ!!」

 あいにくガリアに宵越しの金はない。今日はまだ収入がないので、一文無しだ。

 ガリアの苦苦しい表情を見て察したのか、女騎士は懐から革の財布を取り出す。

「ここは私が持とう」

 ガリアよりも先に店主が狼狽えた。

「き、騎士様! そんな!」

 とても受け取れないといった様子の店主に、女騎士はガリアが見たこともないような額の紙幣を押し付ける。

「どうせ絞っても一文も出ないんだ。無益なことはしないほうが良い」

「で、では……」

 店主は渋々受け取ってから、ガリアになにやら怒鳴りつけ、その場を立ち去った。一方のガリアといえば、女騎士の所作に見とれてそれどころではなかった。

 立ち去る店主を見届けてから、女騎士はガリアに向き直る。

「……さて、君」

「ひゃ、ひゃい!」

 ガリアの声が上ずっても意に介さず、彼女は脱ぎ捨てられたVMを一瞥する。

「見たことのない型だが、これはどこで手に入れたんだ?」

「こ、これは……兵舎でくすね……拾ったり、工事現場に落ちてたりしたパーツを、寄せ集めて……」

 誤魔化して逃げられるような相手ではないだろうが、しかし正直に言ったら言ったで酷いことになる。できるだけ嘘をつかないよう、ガリアは舌を回した。

「君が? これを?」

 だいたい正直に話したのに疑われている。

「わ、悪いかよ……」

 彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに呆れ顔になりため息を吐いた。

「窃盗に違法建造……食い逃げよりよほど罪が重いな」

 窃盗はともかく違法建造は知らなかった。そうか。勝手にVM作っちゃいけないのか。

「今回は見逃してあげようかとも思ったけど……うーん、これは良くないなあ」

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