星流夜
流々(るる)
ヒーロー登場
「ま、待ってくれっ! お、俺が、悪かった……」
両手の平を俺に向けながら後ずさりしていく。まるで、漫画の一シーンみたいじゃないか。
「分かった。分かったから。もうカツアゲなんてしない、だから勘弁してくれ」
そう言ったかと思うと、くるりと向きを変えて猛ダッシュで逃げて行った。
鼻血くらいで済んだのなら、大したことはないだろう。
転んでぶつけたとでも言っておけばいい。
僕の名は
フッ、名乗るほどでもない。
通りすがりのヒーローさ。
*
僕は体も細く、運動神経も悪かったせいもあって、小さい頃からいじめられっ子だった。学校を卒業し、社会人となってからも先輩や上司にチクチクといじられてばかり。
あの日も会社の飲み会帰りにぶつかってきた恐そうなお兄さんに、三万円を渡してしまった。
「はぁ……」
警察に駆け込むことも出来ずに公園のベンチに座っていた、その時。
見上げた空に星が流れ、僕は咄嗟にお願いをした。
「こんなことに負けない力が欲しい!」
すると、僕の体がボォッと光り――なんてことが起きるはずもなく、寒くなって来たので立ち上がり、公園を出ようと歩き出した。
「おい、お前、何してんだ?」
いきなり上から目線の声。
いわゆるヤンキーっぽい少年が三人。明らかに年下な彼らに行く手を塞がれ、囲まれる。
今日は、とことんツイてないらしい。
十分くらい経っただろうか。
「お、おいっ! 逃げるぞ!」
リーダー格の少年が仲間に声を掛け、慌てて走り去っていく。
口の中が切れたのか、鉄の味がする。
それを味わいながら、自分が手にした力に興奮していた。
「これで怖いものなんてない。僕がヒーローになってやる!」
*
こうして、夜な夜な盛り場を見回りながらカツアゲ野郎どもを退治するヒーロー、流星夜としての活動が始まった。
昼間は今まで通り、仕事をしているのだけれど、周りの見る目も変わってきた。
「おい、何かあったのか?」
心配そうに聞いてくる上司にも、「いえ、別に」と答える。
どうしても内から滲み出てしまうみたいだ。僕のヒーローオーラは。
この日も会社帰りに夜の盛り場を歩く。
急に筋骨隆々となったわけではないから、奴らからすれば僕は格好のカモに見えるのだろう。
「いてっ! おぃ、てめぇ
早速、絡んできた男が一人。
僕にとってもカモなのに。
ビビると思っていた僕が落ち着いているのを見て逆ギレしたようだ。
「てめぇ、何へらへらしてやがんだよ!」
言い終わる間もなく、殴りかかってくる。
ふっ、そんなパンチは無駄――がはっ! 顎に当たった。
ほぉ、伸びるストレートとは。
なかなかやるじゃないか。
「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ、おらぁ!」
鈍く低い音が続けざまに二回、お腹の辺りから聞こえてくる。
そして右フックが僕の左頬に炸裂!
やばっ。奥歯が折れたかも。
今の一撃が
「な、何なんだ、お前……」
平然としている僕を見て、驚愕と動揺を顔に浮かべた一瞬のスキを見逃さなかった。
「必殺、シューティングスターミッドナイトォォォ!!」
素早くヤツの背後に回り込み、両手で目隠しをして視界を塞ぐ。
今だ!
深く吸い込んだ息を、奴の耳元で大声に変えた。
「ウワァーッ!」
「うわっ」
奴がその場にうずくまる。
ふっ、今頃は耳がキーンとして目の前を星がチカチカしているはずだ。
「てっめぇーっ!」
あーぁ、また逆ギレしちゃったみたいだな。
殴ったって意味がないこと、学習しないと。
と思ったら、いきなり僕の左腕を掴んで背負い投げの体勢に――いや、ちょっと待って、柔道の授業でも受け身が下手だって言われてたのに。
身体が浮き上がり、変な風にねじれて一回転。
尻もちをついた時には、左腕がぶらーんとしてた。
ヤバいよ、これは。
さすがに折れちゃったら、言い訳も難しいじゃないかぁ。
「お、お前はゾンビか!?」
平気な顔をして立ち上がった僕を見て、恐怖に
そう、僕が得た異能力は痛みを感じない力なのだ。
殴られて鼻血を出しても、歯が折れても、骨が折れたって痛くも何ともない。
不死鳥のように立ち上がる姿を見て、奴らは己の無力に気付き、跪く。
僕が暴力を振るう必要もない、なんて素敵な能力!
ただ、治るまでの時間や治療費が掛かるのが欠点だけど。
僕の名は
フッ、名乗るほどでもない。
通りすがりのヒーローさ。
― 完 ―
星流夜 流々(るる) @ballgag
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