第2話 今日起こったこと
「ごめん、別れてほしいの」
第一声がそれだった。
今日は顧問の先生の都合で部活の終了時間が早かった。いつもより早い電車で帰れるかなどと考えていたところ、同級生のマネージャーである彼女から、部活後に少し話がしたいと呼び出されたのだ。
随分急な話だと思った。
彼女との関係は上手くいっていると思っていたのだ。マネージャーとしての彼女を尊敬して頼りにしていたし、恋人としても人としても、彼女のことが好きだった。
それは彼女も同じだと、どこかで決めつけていたのかもしれない。そんな自分が嫌になったのだろうか。
しかし彼女に理由を尋ねると、彼女は申し訳なさそうに話してくれた。
他に、気になる人がいるのだ、と。
「コウスケのこと、嫌いになったわけじゃないの。でも、今のまま付き合ってくのは、多分、無理、だと思う。勝手なこといって、ごめんなさい」
短い言葉を繋ぎながら必死に話す彼女に対して、あぁ好きだな、と思ってしまう自分はだいぶ馬鹿なのかもしれない。彼女の声はどこか遠くで心地よく響いているようだった。
「……えっと、誰?」
そう聞くと、彼女は気まずそうな顔をした。自分でも意地悪な質問だと思う。逆の立場だったら、俺は相当困っただろう。でも、彼女は隠すこともしたくないと思ったのか、真っ直ぐに俺の目をみた。
「……ソラ」
その瞬間、今までどこか遠くで聞こえていた彼女の声が、自分の耳から脳を貫いた。
俺は相当驚いた顔をしたのだろう。彼女の表情がみるみる曇った。
「そっか、ソラ……か」
家が近くで、小学校も中学校も同じ 。同じ部活に所属し、学力が近かったことから結果的に同じ高校に進学することになった。いわゆる幼なじみだ。
蒼空のことは、きっと俺の方がよく知っている。口が悪くて誤解されやすいけど、本当は努力家で繊細で、傷つきやすい、いい奴だ。だから彼女がアイツに惹かれるのも、わかるんだ、正直。
「そうだよな、蒼空、いい奴だよ」
「……コウスケ?」
「俺なんかより、ずっと」
「コウスケ」
「ごめんな、気付けなくて」
「……コウスケ!」
「いいよ、別れよう。これからはただの選手とマネージャーとして、宜しくな」
絶望的な表情の彼女を前に、俺の口はペラペラと喋り続けた。
なんだよ、傷ついてんのは俺の方じゃねぇのかよ。そんな顔すんなよ。
ああもう、なんかどうでもいいや。
「ごめん」とだけ呟いて走り去った彼女の姿が、やけに遠く見えた。
正直、そこからどうなったのか覚えていない。
気づいたときにはいつも学校を出る時間を過ぎていて、全力で自転車を走らせる羽目になった。それは結局無意味なことだったけど。
嫌われてフラれた方が、まだよかったかもしれない。
俺はきっと、彼女のことも蒼空のことも、嫌いにはなれないだろう。
幼なじみとの三角関係なんて、漫画や小説ではよくあるのかもしれないが、実際当事者になってみると、やはりいい気がするものでもない。
何に負けたのかすらわからない敗北感だけが残った。
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