第6話
地球に来て、夜が大キライになった。
「……会いたい」
会いたいよ。今すぐ。メイドちゃん……。
こんなに夜が、寂しいなんて思わなかった。ゴミを漁っているカラスでさえ、今の私を笑っている。もう限界。
地球を去ることを考えた。
ちょうどその時ーー
「あっ…………」
暗い夜の公園に入ってくる男の子。
知っている子供。
「はいっ!」
「どうして……」
戻ってきたの?
ママのそばにいてあげて。
「お姉ちゃん、いつもプリン食べてるでしょ? だからね、お小遣いで買ってきた。だから、はいっ! 助けてくれたお礼です」
鼻水を垂らした顔。男の子は、左手にプリンを一個持っていた。私にあげるつもりらしい。
「………っ!」
受け取ろうと手を出したけど、痛くて痛くて、すぐに手を引っ込めた。男の子は、カップの蓋をあけて、スプーンですくったプリンを私の口にもってくる。
「僕が、食べさせてあげるね」
「…………………」
「はい。どうぞ」
私は、仕方なく口を開けてプリンを一口食べた。
「美味しい?」
「………マズイ」
美味しいよ。すごく、すごーーく。今まで食べたプリンで一番美味しい。
「そっかぁ…。お姉ちゃん、いつも高いクリームたっぷりプリン食べてるもんね。こんな安いプリンじゃダメかぁ……。残念」
そんな悲しい顔しないで。
私は、男の子を抱き締めていた。
「お姉ちゃん?」
「もう少し……」
このままで。お願い。この寂しさが、体から逃げていくまで。もう少しだけ。
夢を見たーーーーー
【 昔。ずっと昔。私が、最初にメイドちゃんに会った時 。私は、地獄の底にいた 】
『私を見下ろすな。……蔑むな……憐れむな………。早く……消えろ』
『事業に失敗した借金まみれの親に捨てられ、こんなドブのような場所で花瓶よりも安く売られているアナタ』
『……黙れ』
『昔の華やかな面影は、もうない。綺麗なドレスも豪華な屋敷も。すべてを失った』
『……黙…れ』
『私は、わざわざ隣国からアナタを探しに来たんですよ?』
『…………』
『助けに来ました。さぁ! 早くこんな場所にサヨナラしましょう』
『……どう…して』
『私は、アナタが好きだから。私達は、一度会っているんですよ? 5年前。舞踏会で一人だけ外に出て、つまらなさそうに夜空を見ていたアナタに一目惚れしました』
私は、あの時ーーーー
自分以外の人間を初めて信じてみようと思った。
…………………。
……………。
………。
「お姉ちゃん、起きて。おねえちゃん!! お・き・て」
「うみゅ……」
「起きてって! こんなところで寝たら、風邪引くよ」
「寝てた?」
「うん。寝てた。僕、そろそろ帰るね。ママが、心配するから」
私は、男の子を抱いたまま、寝てしまったらしい。私の腕から逃れた男の子は、笑いながら私にバイバイして去っていく。
「あっ……」
一人になった。寂しさが、私の肩を叩く。恐くて、振り向けない。
タタタッ……。タタタタッ。
男の子が、また戻ってきた。
「もしかして、お姉ちゃん。帰る場所ないの?」
「帰る場所……」
あるけど。アナタに言っても信じないよね。私の家は、地球の外。
「ないならさ、僕の家に来なよ! ママと二人暮らしだから、ママが許してくれたら泊まれるし」
「うん」
断る理由がなかった。この寂しさがなくなるなら、私は悪魔にでもついていく。
「…………」
「着いたよ」
「…………小さなアパートね」
「失礼だなぁ。小さくても大事な家だよ!」
狭い木造の家に入ると急に光が濃くなって。夢の入口のよう。男の子が、何か言っていたけど全然聞こえない。痛みが消えた。両手を見ると傷は嘘のようになくなっていた。
さっきから、部屋の奥でタバコを吸いながら私をジィ~と見ている女がいる。きっと、この子のママ。
「あんた、誰?」
「私は……私は……」
男の子が、慌てて「僕の友達だよ」って、付け加えた。
「家出か?」
「うん」
「泊まってく?」
「うん」
私は、公園以外で初めて夜を明かした。
朝になって気づいた。あんなに私を苦しめていた寂しさが消えていたことに。
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