第7話 正義激突

 橋を渡りきり、息つく暇もなく8人乗りの車へ押し込まれる。加東は一番後ろへ、隠岐田は香寺と焼野に挟まれた。

 脱出は難しい。

「出しますね。シートベルト、締めてください」

 運転席、制服の警察官。

 襟元にはピンズが控えめに身を置いている。

 どこかの市町村章か。

 ゆっくりと、車は動き出す。

 兵庫県南部の街は、何事もなかったかのように日々の営みがあり、行き交う人々がいた。

 パニックに陥っている様子もない。

「護送してるんで、逃げようとはしないでください。あなたの顔は割れてます。

 半殺しにあってもおかしくないですからね」

「……そんなに有名人になった覚えはありませんけど」

 ミラーに映る婦警の顔は、徹面皮。

「生活促進法案推進の立役者。原型となった政策論文を学生時代に執筆、受賞。ちょっと調べたら簡単に出てきますよ。恨みを買いまくってる隠岐田逸花さん」

 冷静さを装っているが、皮肉は効いている。

「そんなに嫌われるとは思いませんでしたけど」

 盛大なため息。

「……リーダーがおまえに会ってもいいっていってる。だから追い出さずにこうやって確保して、連れてきた。それを忘れるな」

 香寺の声にも、隠岐田は反応しなかった。



「ここの3階だ」

 連れられてきたのは、海辺の学校だった。

 廃校になってしまったのだろう。

 空っぽのウサギ小屋、10組まであった時代に作られた卒業レリーフ、全てが今は昔。

 婦警は車で待機し、四人でガラス戸を押し中へ入った。

 中身のない靴箱。埃っぽい廊下。

 階段を上がり、香寺に指し示された教室の引き戸を開けた。

 窓枠に座る人物は、外を見ている。

「久しぶり」

 無言。

「……元気だった?」

 無言。

「…………ライカ」

 ショートカットの暗い髪が揺れる。

「……世間話とか、近況報告とか、そういうのをするつもりはないよ」

 ゆっくりと振り返った瞳は、いぶし銀のような光を讃えていた。

「こっちはただ普通に暮らしたいだけなんだ。だから放っておいてくれ」

「それはできない相談だ。交通網の寸断及び情報の遮断、経済関係だけじゃなく、留学生や旅行者らの安否確認、問題は広がる一方だ。見過ごすことはできないよ」

「留学生や海外からの観光者で帰国したい人間は、チャーター便を手配して、神戸空港からでも帰らせるさ」

「そういう問題じゃない、人の移動をこれだけ制限しておいて」

 積み上げられていた机が崩れた。

 足蹴にされ、積み重なった埃が舞う。

「あたしたちは、ここに生きてる!」

 海辺の廃校で、柚井礼夏の叫びが存在を主張していた。

「そんなことは」

 分かってる。

「分かってないから!おまえは強制移住なんて命令できるんだ!!」

 電気のついていない教室へ、陽は十分に差し込まない。

 黒板は汚れたまま。

「首都からしたら、ここは、地方かもしれない。あんたら基準の普通じゃないのかもしれない。けれど、あたしたちは、ここに生まれて!ここを標準デフォルトとして生きてる!それを、勝手に、貶めて、あげくのはてには、壊すなよ!」

 壊したいわけではなかった。

 創造のための一時解体のつもりだった。

 名前も知らない誰かに批判されてもかまわなかった。

 けれどたった一人にぶつけられた思いは、痛かった。

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