第2話 捌けエマージェンシーコール

「ですので、取材は改めて会見を開き、そちらでお受けしますから!」

 何度目かもわからない電話取材依頼を、隠岐田は半ば言い逃げのような形で断った。

 受話器を叩きつけるように置いてしまったことに気づいても、後の祭り 。

 普段ならば起こさないようなミスだ。

 こういったささいな挙動が、受け手の心証を悪くする。

「隠岐田さん、休憩行ってきてください」

「それは……」

 声をかけてきたのは、隠岐田より年下の同僚だ。仕事も気遣いもでき、頼もしい存在でもある。

「そうね、昼休憩、行ってきて。30分くらいならまわせるから」

 上司にもだめ押しされると、行かないわけにはいかない。

 足手まといになるよりは、一時離脱したとしても、歯車をメンテナンスするほうがいいだろう。

 今更ながら空腹を忘れていたことに気づく。

「……分かりました」

 隠岐田は鳴り止まぬ電話の音を聞かないようにして、仕事場を後にした。


 兵庫県独立宣言は、中央省庁を混沌に陥れた。新聞、テレビ、インターネット。その他SNS。ニュースは瞬く間に広がり、世界でも報道されている。地方自治体独立支援機構というぽっと出の存在に、数多の組織と所属する人間が目下対応中だ。

 これまでにも、国内では独立の機運が高まったところもあった。

 具体的には、北の大地と、南の島。どちらも高度な自治権を当該地方が持つことと引き換えに、日本の一部であることと税金その他の問題を解決させてきた。

「まさかいきなり実力行使に出てくるなんて思いませんよねえ」

 一般解放されているフロアの柱から、軽薄な物言いの人間がひょっこりと姿を現す。

「……なんの用だ」

「つれないなあ、僕と隠岐田さんの仲じゃないですか。あ、名刺交換します?」

「仲良くなった覚えはないし名刺もいらない」

 付け入る隙を与えないように、歩みは止めない。

 それでも並走してくる知人に辟易し、隠岐田は行き先を食堂からコンビニへと変更する。

 ポケットから電子マネーのカードを出そうとすると、カード入れに名刺がくっついてきた。

 加東多可。

 職業、ジャーナリスト。

「手品師にでもなったのか?」

「僕は昔っから記者ですよ?」

 名刺を乱暴にポケットに突っ込む。

 中でくしゃくしゃになろうが構いやしない。

 相手の名前は知っているし、連絡先は使った試しがない。

「記者であるおまえに話すことはない」

「ところがどっこい、僕は話すことがあるんですよ」

 ジャケットを颯爽と着こなす加東は、マスコミ各社を渡り歩いている。

 会うたびに名刺が変わっているほどに。

「転職先の話は聞く時間がないが」

「例の独立宣言だしたリーダーの話っていったら時間とれます?」

 言葉を失った隠岐田に、記者はにっこりと笑いかけた。

「……ガセネタだったらぶっ飛ばすぞ」

「僕がそんなの持ってくると思いますか?」

 隠岐田は無言で自販機にカードをかざした。

 自身のためのエナジードリンク、次いで情報提供者のための飲み物を買うために。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る