暗闇
暗闇にだけ、そいつは現れた。僕が小学校に上がったばかりの頃、昼下がり、おいでおいでと誘う声がした。押し入れからだ。僕はレゴブロックを作ってはまた壊して遊んでいたが、声の主を探して押し入れに入った。気味が悪いと思うかもしれないが、そんなこともなかった。
「閉めろ」
と声は言った。
僕は言われた通りにする。真っ暗になった。
「君は誰?」
僕は聞いた。
「まず自分が答えるものだ」
そいつは偉そうにそう答える。僕が自分の名前を名乗るとそいつは「私は暗闇」と名乗った。
暗闇は遊びたいと言った。僕はボードゲームでも持ってこようかと思ったが暗闇では遊べないことに気がついた。
「しりとりだ」
暗闇は言う。
「つまらないよ、子供じゃあるまいし」
「お前はまだ子供だ」
そういわれちゃなんも言えない。
「まずは、私からだ。りんご」
「ごりら」
「ライオン」
あ、おわった。
つまんないな。
「なんか面白い話してよ」
そういうと暗闇は太古の昔の話を始めた。
四大文明の話。メソポタミア、エジプト、中国、インダス。これもまた面白くなかった。
「バイバイ、また会おう」
そう言われて僕は押し入れから出たが頭がぼんやりとしていてもう一度押し入れを覗いたがただ暗いだけだった。
次に暗闇と出会ったのは僕の部屋だった。僕が夕食を終えて自分の部屋へ向かう時、コンコンと音がした。その音は僕の部屋からしていた。
今度はトントンと音がした。僕は自分の部屋の前に立った。扉は内側から叩かれていた。
ドンドンと音がした。
僕は扉を開けた。
「照明は付けないでね」
声がした。
「君は誰」
「私は暗闇」
僕は部屋の中心(真っ暗だったからよくわからないが)にあぐらをかいて座った。見えないが暗闇は確かにそこにいた。
「ねぇ、一緒に遊ばない?」
「いいけど、暗闇の声、前と全然違う」
「時と場合によるものなのよ」
僕はしりとりはごめんだったのでとりあえず歴史の話をした。昔、世界を支配した人達。アレクサンドロス大王、チンギス・ハン。
暗闇はふんふんと聞いていた。興味があるわけでも、ないわけでもなく、という感じで。
突然、外でバタンと声がした。車のドアが閉まる音だ。不快な音。
「どうしたの?」
暗闇が聞いてきた。僕は話すか迷ったが、結局話すことにした。
僕の両親はケンカしている。それもずっと。最初のうちはお互いに言い争っていた。でもいつのまにか言葉を発さなくなった。お母さんは僕と二人の時は笑顔を見せる。でもお父さんが帰ってくると急に怖い表情になる。眉間にしわがよる。口がへの字になる。
そんなことを話した。僕は何だか楽しかった。暗闇も、笑っているように思えた。
僕は暗闇にいろいろなことを話すようになった。
学校で、一緒に遊ぼうと言ったのに僕だけ集合場所が違う場所だったこと。
三人で食卓を囲んだ時、僕としか話そうとしない両親。
クラスの子に殴られた、蹴られた。
もう触れようともしなくなった。
夕焼けの中、一人部屋でレゴブロックで何かを作って、壊して、作って、壊して、最後にバラバラにする。
暗闇は現れた。カーテンの影。布団の中、ちょっとしたすき間にも。
暗闇との話は楽しかった。でも楽しくなかった。暗闇はふんふんと頷くだけだった。
僕とお母さんは家から出ていくことになった。お父さんはどこかに行ってしまった。
僕らは家にお別れする。僕は自分の部屋であぐらをかいて座る。
「やあ、おでかけかい」
暗闇の声がする。どこから。カーテン、それとも机の引き出しの中。
「まあ」
「どこにいくんだい?」
「わからない、君はどうするの」
「私はキミのためならいつでも話を聞くよ」
「そうか」
僕は立ち上がり、ドアノブを握る。
「バイバイ、また会おう」
そう声が聞こえた。
あれから何十年もたって、僕はまだ暗闇と再会していない。友達も、恋人もできた。ただあの昼下がりと真っ暗な世界を忘れることはないだろう。
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