秘密基地

僕は黙々と秘密基地造りを進めていた。

僕の住むところはかなりの田舎だったので、山は腐るほどあった。

僕は最寄りの山に秘密基地を構えた。

木の板を紐で縛って釘を打って土台を造っていく。

そう、僕の秘密基地は本格的なのだ。

「秘密基地?」

振り向くと女の子が立っていた。

「誰?」

「美冬」

そう言えば同じ学年にそういう名の子がいた気がする。

美しい冬、まだ四か月も先のこと。

美冬は僕の言葉を待っていた。

僕はあまり女子とは喋ることがなかった。

だから少しばかり恥ずかしかった。

うつむいてこう言った。

「どうしてここに?」

「つけてきた」

「なんで?」

「だってここ私有地でしょ、入っちゃいけないし、ついてきたらこんなもの造っているのだもの」

「告げ口するの?」

「ううん、そんなことしないから、わたしも一緒に造らせてよ」

少しため息をつきたくなった。

僕は相当こだわって造っているのだ。

他人にあまり関わって欲しくなかった。


「今日も行くの?」

「うん」

いっそ撒いてやろうか、でもこの子は多分それでも僕を見つけだすような、そんな気がした。

ランドセルを背負って、教室を出る。

女の子と二人で歩くと囃されると思ったので早歩きにした。

美冬との距離は遠のいていって、

彼女は僕の姿を逃がさんと駆け足になっていた。

僕は外に出た。僕の学校からは夕日がよく見えた。


「何をすればいいの?」

「柱をつくる」

「わかった」

美冬はよく作業をしてくれた。

つぎの日には場所を覚えて、僕の来る前にもう来て待ち伏せていた。

作業は順調に進んで、基地は出来上がっていくけど、その反比例のように僕の秘密基地への関心は薄くなった。

一人で造っていた時のワクワク感はもう存在しなかった。


秘密基地は完成した。

思ったよりも立派だった。

美冬は今度の土曜日に二人でパーティーをしようと言った。

土曜日が来た。

憂鬱だった。

僕は布団の中でうずくまりながら、どうしようもない辛さと後悔の念に襲われながら、約束の時間がきても外に出なかった。

6時になった。

もう子供は帰る時間だった。

僕は秘密基地に出かけた。

母には、ただジュースを買ってくるとだけ言った。

僕は臆病だった。

彼女が帰ったことを確認したかった。

最初は歩いていたけど、少しずつ歩調を速めて、最終的に走るようになった。

秘密基地に着いたときにはもうへとへとだった。

僕はブルーシートの扉を押しのけた。

いた。

彼女はいたのだ。

おそらくパーティー用だったのだろう3つの菓子袋、それに一つも手をつけずに体育座りをしていた。

僕は、しばらくその場に立ち竦んで、やがて泣いた。

僕は、自分がどうしようもない愚か者であると思った。

最初からわかっていたのに、ここにいると知っていたのに。

彼女は僕の泣き顔をみて少しびっくりしていたけどやがて笑みを浮かべた。


僕等は二人でポテトチップスを食べた。

涙の味がした。

僕が苦笑いすると彼女はその訳を聞いてきた。

「どうしたの?」

「ん、いや美味しくないなと思って」

外に出てみた。

山の中だから木々の葉で空は覆われているけど、案外隙間も多くて、星が見えた。


あの日からあまり美冬とは会わなかった。

秘密基地も、特にすることがなかったので集まる回数も減った。

でも年の瀬に僕等はまた会ったのだった。

僕は彼女の電話番号を知らなかったし、多分彼女も知らなかった。

だから彼女は帰り際に声をかけてきたのだった。

「一緒に買い物に行こうよ」

「どこに?」

「大阪」

「遠いよ」

「遠くないよ」

僕は例による臆病さを発揮した。

大阪なんて遠い、大きい、子供が二人でいくようなところではないと思った。

「行けるよ」

美冬は言った。

「だって、秘密基地を造れちゃうんだもん」

僕はこれ以上渋っても無駄だと思った。あの秘密基地の一件から彼女の性格は分かっていた。

多分今断っても、明日また話しかけられるのだろう。

「わかったよ」

そう答えた。


てっきり電車でいくものだと思っていたから、美冬のお母さんの車に乗ると知ったときは驚いたけど、少し安心した。

車に乗っているとき、僕は窓の外の雲を見ながら、あの空がもし海だったらという想像をした。

僕は落っこちそうな感覚を覚えた。

空はよく晴れていた。

美冬は彼女の母とよく話していた。

とても仲が良さそうだった。

車は進んでいく。


大阪という街はやはり大きかった。

巨大なビル、大量の車と人が僕を大阪に来たのだと実感させる。

やっと見つけたパーキングに車を停めて僕等は歩き出した。

本当に、どこに行けばいいのだろうと思うほどの街を僕の他二人はすいすいと泳ぐように行くので、僕はすっかり感心してしまった。

僕等は色々な店を回って、美冬はとても楽しそうだったけれど、僕は退屈だった。

さんざん歩き回された僕を待っていたのは、昼食だった。

僕はほとんど外食に連れていってもらったことがない。

だから外食に行くときはとても気分が高揚していた。

「どこがいい?」

と聞かれたので僕は一番安そうな(安いといっても大阪の都市部なので十分高いと思う)店を選んだ。

パスタ屋だった。

僕はナポリタンが好きだったが、見当たらなかったので適当に似たようなものを選んだ。

他の二人はバジルとか、肉が入った塩やきそばみたいなものを選んだ。

頼んで来るまでに時間があるので自然と会話が始まった。

「美冬と仲良くしてくれてありがとう」

美冬のお母さんが言った。

「は、はい」

「この子人見知りが激しくて心配していたのだけれど、友達ができて良かった」

僕は驚いた。そんな風には見えなかった。

活発な女の子だから友達も多いのだろうと思っていた。

「しかも男の子の、ね」

微小を浮かべたお母さんに美冬は少し恥ずかしいような表情だった。

まもなく届いたパスタを僕は5分たらずで平らげ、二人を驚かせた。

楽しみにしていたヨドバシカメラに着いて、僕は上機嫌になった。

買いたいものがあったのだ。

美冬にどこに行きたい?と聞かれた時に僕が真っ先にヨドバシカメラを思いついてしまった。

女の子と行く場所ではないと思った。

でも彼女は嫌な顔ひとつしなかった。

美冬のお母さんは別のフロアに行くと行った。

美冬と二人でプラモを見に行った。

さすが、家の近くの電気屋よりよっぽど品揃えが良かった。

「すごいなあ」

「ね、来てよかったでしょ」

僕はひとつも愚痴をこぼしたつもりはなかったけど、美冬は僕が少し退屈していることに気づいていたのかもしれなかった。

「お母さんと仲がいいんだね」

「そうかな」

「うん」

プラモが陳列された棚、背丈より高いところにあるガンプラに美冬は手を伸ばした。

「わたしね」

「うん」

「大人って怖い存在だと思うの」

「なんで?」

思わずそう聞き返す。

だってあまりにも唐突だったから。

「だって、なんでも知っているんだもん。知識とか経験が私達とは大きく違うの」

「確かに」

僕はそんなことを考えたことがなかった。

「わたしたちって無力だよね、やっぱり」

何を言っているのかはわかるけど、何を伝えたいのかわからなかった。

僕は美冬の手がガンプラを掴んで引き出すまでを見届けた。

取り出されたのは小さな量産機だった。


年が明けて僕は秘密基地に行かなくなった。

土日はもっぱらゲームをして過ごした。

僕は、もうすぐ始まる中学生活に関しての不安を感じていた。

せめて残り少ない六年生を充実させようと思っても、何か足りないものを感じながら僕は毎日を過ごした。

美冬とは教室で話すようになった。

僕は他愛もない話をふっかけ、美冬はそれを良い感じに膨らませた。

卒業式の練習が始まったころには教室に卒業ムードが広がってそれがとても嫌だった。

時が矢のように過ぎていった。


卒業式にパッヘルベルのカノンを聞きながら僕は卒業証書を受け取った。

泣いている人なんて一人もいなかった。

僕は記念写真も撮らずにさっさと帰った。

僕は少しの間、洋間のソファに横たわっていたが、やがて私服に着替えた。

昼食を終えた後、僕は一時間程ゲームをして、飽きたのでどこへ行く当てもなく外に出た。

風はまだ冷たかった。

僕は六年間を振り返ることなどしなかった。

ただ、目の前に広がる膨大な時間を考えて憂鬱になっていた。

顔を上げる。

かつて秘密基地があった場所。

その山の入り口に僕は立っていた。

僕は山を登り始める。

森の匂いは相変わらず臭かった。

しばらく歩くと少し平らな場所に出る。

小さな小屋がある。

秘密基地。そういう言葉が相応しい建物。

随分と色あせ、汚らしくなっている。

その前に美冬がいた。

僕と違ってまだ卒業式の服装のままだった。

「来てたんだ」

「うん」

僕等の間には少し沈黙が広がった。

「しばらく見ないうちにこんなに汚くなっちゃったんだね」

「そうだね」

「わたし受かったって……言ったよね?」

「え」

「中学受験したの」

「聞いてないよ」

「ごめん」

僕は謝罪なんて求めていなかった。

中学に行っても、美冬は存在するものだと、僕は思っていた。

だから僕は別れなんて卒業には存在しないものだと思っていた。

「だから、多分、これでお別れかな」

僕は答えなかった。

多分、今連絡先を交換したって僕等の今はきっと続かない。

僕等は別々の人生を歩んでもう会うこともないだろう。

僕はなんて言えばいい。

何を言えばいい。

「じゃあ、ね」

彼女は僕に背を向けた。小さくなる姿。

「僕には」

美冬が振り向いた。

「僕にはこの世界とか、将来とか、何もわからないけど、

何が正解かわからないけど」

涙があふれ出す、嗚咽がでた。

「でも僕は今を生きていきたい。不安もあるけど、無力だけど、進みたい」

僕は何を言っているのだろう。

全く文章力がないことを自覚した。

「だから、だから君も……」

「進むよ」

美冬の声が聞こえた。

彼女の目にも涙が浮かんでいた。

「約束する」

夕日が木々の間から差し込む。

「約束するよ」

そう言った。

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