青春、1ページ
わたしは、窓からサッカー部の練習風景を眺めていた。
パス、パス、ああ、取られた。一年生であろう小柄なゼッケン五番は肩を落とすこともなく、必死にまたボールを追いかける。
夕暮れ時の、学校が好きだ。
外周をするテニス部、廊下で楽器を演奏する吹奏楽部。
校門前にたむろする帰宅部。
きらきらしてる。わたしも、まだ中学三年生なのに、懐かしさみたいなもので、胸がきゅっとなる。
「帰りたくない」
数学も、理科も、全部丸めて捨ててやりたい。高校も、義務教育化すればいいのに。
十ニ月だよ、もう。
一年生がまたミスをした。紅白の白が右だとしたら、白は結構押されている。
唇から歌が出てくる。叫びたい声が、歌になる。
ぽんぽん
「これ、かえすよ。ありがと」
「……うん」
手渡されるシャーペンと消しゴム。まだ少し温もりが残っている。
歌声を聞かれたのが恥ずかしくて顔は下に向けた。
にひひと、シャーペンと消しゴムを返した童顔のぱっつん前髪の西野は笑うと、「想い人ですか」とちゃかしてくる。
無視しようかとも思ったけど、「うっさい」と小声でつぶやいておく。
「何の曲?」
「関係ない」
さっさとどっかいけ。
西野はまたにひひと笑って、小走りでスカートを揺らしながら去っていく。
白のゴールネットが揺れた。流石に、一年生も、疲れを見せ始めた。でも、敵を見つめる目に変わりはない。
倒してやるぜって目。
すごいな。わたしがテニス部に所属していた時、こんな目をしたことなんてなかった。負けたらそれでいいやって思ってた。
今も、そう思ってしまっている。
「紅白戦か、懐かしいな」
後ろから声がした。胸がきゅっとなった。
「一年生が頑張ってるよ」
「あーあいつか。あほみたいに走りまくるよな」
彼はわたしの机をみて首をかしげた。
「お前、何してんの」
「青春を堪能してる」
「ふーん」
彼はわたしの後ろの机の中をごそごそとやっている。どうやら忘れ物らしかった。目当てのものが見つからないのか、彼はなかなか頭を上げない。
「……そういえば、志望校どこだっけ」
「俺?前言ったような気がするけど」
そう前置きして、志望校を言う。
学力が、高いんだな。やっぱり。
これで元サッカー部とか、完璧じゃないか。
「高校はいったらさ」
「うん」
「中学の頃のみんなの名前とか、顔とか忘れちゃったりするんだって」
彼はわたしの言葉を無視して探し物を見つけだした。
顔を上げると、それをリュックに突っ込む。
「赤本を忘れるなんて」
「あほだよな」
彼はリュックを掴んで、教室の外に出ようとする。
彼の背中に思い出としてシャッターが押されそうになる。
夕焼けも、サッカー部も、彼も、今ここに存在しているのに。
「あのさ」
「何?」
「え、えと」
言葉が泡みたいに出てきては消えていく。
ああ、なんで夕暮れ時ってこんなに寂しい気持ちになるんだろうな。
「高校にいってもさ、忘れたくないな、わたしは」
彼はぽつんと立っていた。
「過去は目をそむけてしまうものじゃないからさ」
格言のような言葉を言ってみる。彼は顔をぴくりとも動かさなかったけど、やがて大きなため息をつく。
「まだ、過去じゃないだろ」
と笑って言う。
「じゃな」
とだけ言って、出ていった。
夕日は、沈もうとしていた。
この時間帯の風景は本当にきれいだと思う。東から青が迫ってきていて、太陽は最後の力を振り絞って、下校中のわたしと、世界を照らしている。
紅白戦は白の勝利だった。一年生は、最後まで走りまくった。
歌をくちずさむ。
小さい声で
かすれ声で
だけどせいいっぱいに。
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