第8話

「環は俺には不相応なくらい、よくできた妹だった……でも、俺はそんな妹すら守れなかった。俺は自分が許せなかった。でもそれと同じくらい、セレナが許せなかった……!」


 後悔に暮れる歳星の顔は、やがて禍々しく歪んでいく。

 それは怒りだ。沸々と沸き立つ憤怒の激情は、彼の身体を狂おしく煮えたぎらせていく。


「俺はセレナとコンビを解散した。あいつは素知らぬ顔で引き留めたが、もうコンビを続けていくことは考えられなかった」


 まるで自責の念を怒りに燃やすことで、忘れようとしているかのように言う。


「俺はすぐに別のパートナーを見つけた。当時は引く手数多だったからな、オファーは掃いて捨てるほどあった。その中から才能に溢れるキャリアーを選んで、コンビを組んだ」


 当時、セレナと歳星のコンビ解散は業界を震撼させた。


 最強の魔法少女のファクターだった歳星は業界最高峰とも呼べる人材であり、彼の擁することでアルテミスに成り代わろうとする企業は数え切れないほど存在した。


「俺はセレナを見返したかった。『お前は間違っている』、『あの時の判断は、俺が正しかった』、そう言ってやりたかった。でも、あいつのやり方を真っ向から否定するためには、アルテミスを圧倒する力が必要だ。だから当時のはパートナーに、必要以上の力を求めた」


 歳星は己の目的のために、そう言った思惑を利用した。

 妹を奪った憎しみは、彼に復讐の道を歩ませていたのだ。


「『どうしてできない? その程度のことくらい、セレナは余裕でしてみせたぞ?』、『あいつはそんなものじゃなかった。お前だってできるはずだ』、『感覚を研ぎ澄ませ。限界を超えろ。死ぬ気でやれ』――俺はパートナーに罵倒に近い言葉すら投げかけていた。俺は苛立っていたんだ。このままじゃ、セレナには到底届かない。だから焦るあまり、パートナーのことなんて一切考えていなかった」


 ――月代セレナを越えなければならない。


 その焦りは歳星から冷静な思考を奪っていた。


「でも、それが間違いだと気付いたのは、当時のパートナーにこう告げられてからだった」


 目を閉じると脳裏には、当時の光景が鮮明に駆け巡っていく。


『八咫さん……ごめんなさい。私、もう魔法少女を続けていく自信がありません』


 泣き笑いのような表情で、当時のパートナーは歳星に訣別の言葉を告げる。


 どこか疲れ切ったような顔は、コンビを結成したときの希望に満ちたものではなかった。


「俺はそこで初めて自分の過ちに気付いた。月代セレナは例外中の例外だ。規格外の才能と、奢ることなくそれを研ぎ澄ましていくストイックな向上心。そんな資質を持っている人間が、そう易々といるわけがない。元々、無理な話だったんだ。考えてみれば当然の話だが、当時の俺はそんな簡単なことにも思い至らなかった……」


 八咫歳星は知らずの内に、多くを求めすぎていた。


 あまりにも才能に恵まれたパートナーと過ごした時間が、彼の感覚を狂わせていた。

 当然のように享受していたものは、世に二つと無いものだったことをようやく理解する。


「あいつはやる気に溢れていた。最初に会った時、一緒にコンビを組めて本当に嬉しい……そう言っていた。いつかアルテミスみたいな魔法少女になりたい、それが口癖だった」


 かつてのパートナー出会った当時のことを歳星は思い出していた。

 弾けるような笑顔で、彼女は嬉しそうに歳星に夢を語った。


「でも、最後には魔法少女を辞める――酷く疲れ切った顔でそう言ったんだ」

 彼女が最後に見せた表情が脳内に過ぎり、歳星は喉の奥から唸るように言葉を振り絞る。


「あいつには才能があった。それを開花させる志もあった。でも――それを潰したのは俺だ。俺の自分勝手なエゴが、一人の未来ある魔法少女を台無しにした」


 どうにか吐き出した言葉には、ただ悔恨の嘆きのみがあった。


「俺は最低のファクターだ。そう自覚した時から、共融変身が途端にできなくなった……俺はファクターとして、一度死んだんだ。また誰かの未来を奪ってしまうことに恐怖した」


 かつて親を失い、妹も失い、そして相棒さえも失った男には何も残されていなかった。


 八咫歳星というファクターは、こうして一度死を迎えた。


「それでも、みっともなくファクターに縋った。どうにか共融変身もできるようになった」


 ――それはどうしてか分かるか?


 そう目で問いかける歳星に、ころなは答えることができなかった。


「簡単なことだった。心を殺せばいい。私情はいらない。一切の感情を排除して、機械のようにただ下された命令を実行する……そうすれば、俺はファクターでい続けられた」


 ははは、と自らを嘲るように笑う。


「だから俺は個人的な感情を介さない。意思は持たない。ファクターである以上は、余計な感情を抱くことはない……分かるか、天道? それが今の俺だ」


 ころなはここまでの話を聞き、歳星がどうして不干渉を貫いてきたのか理解する。


 縋るような彼の表情が、全てを物語っている。


「相手に自分の理想を押しつけるな――歳星さんが、わたしにそう言ったのは……」

「お前に言った言葉は、かつて俺が得た教訓だ。失敗した人間からの厚かましい忠言だよ」


 ころながポツリと漏らした言葉に、歳星は表情に自重の色を浮かべながら答える。


「だからな、天道。俺には何も期待するな。縋りたい気持ちは分かる。頼りたい心情も察している。だけどな、俺はそれに応えてやることはできない。怖いんだよ、俺は――」


 ――もうあんな想いはしたくない。


 歳星は項垂れるように視線を地面へと落として、重々しく言葉を吐き出す。

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