第7話
「怪人たちの大挙を聞きつけた魔法少女たちは、奴らを撃退しながら市民の避難を誘導していた。俺たちは事件の首謀者を特定すると、捕縛まで後一歩のところまで追い詰めた」
「でも、その時の首謀者って――」
「ああ、そうだ。結局、あの事件の首謀者は捕まっていない。あいつは追い詰められると最後の切り札として、市街地の中心に大規模な爆弾を仕掛けていると言ってきた。市民の命を人質に、自らの保身を図ったんだよ」
過去の事件がどんな結末を迎えたか、その一部始終をころなは知っている。
事件の首謀者が未だ逮捕されていないことも。
市街地の中心に仕掛けられていた爆弾がどうなったのかも。
だから、これから歳星が語ることも、この時点で想像はついていた。
「魔法少女の使命は、力なき市民を守るためにある……ここで一人の怪人を見逃したとしても、それと引き替えに何千何百という人間を助けられるなら安いものだ。当時の俺はそう思って、首謀者の要求を飲もうと提案した」
歳星の意見は魔法少女として、当然とも言えるものだった。
悪しき力から、力なきものを守るための術。
それが世間一般で謳われている魔法の基本理念であるからだ。
「でも、あいつは……セレナはその提案を拒絶した。人質の命を無視して、首謀者を捕らえることを優先にした」
「え……そんな――」
「あいつが魔法少女になったのは、両親を殺した怪人を見つけだして自らの手に掛けるためだ。だからこそセレナは、異常なまでに怪人の捕縛に執着していた。俺はそれを知ってはいたが、根底には魔法少女としての正義感や義務感があると思っていた……だけどそれは、大きな勘違いだった」
月代セレナが怪人を憎んでいることは有名な話だった。
両親を怪人に殺害されたセレナは、その後に最年少で魔法少女となった。
怪人の捕縛件数は歴代最高を誇り、その記録は現在も更新され続けている。
アルテミスは市民にとって絶対的なヒーローであると同時に、怪人にとっては一切の情け容赦をかけない恐怖の象徴として畏怖されている。
「あいつにとって魔法少女は、復讐のための手段にしか過ぎなかった。だから他人の命が危険にさらされようとも関係がない。一人の人間を助けるより、一人の怪人を捕縛する――それが月代セレナのやり方だったんだよ。この時、俺はようやくそれに気付いた」
「歳星さん……」
「でも気付いた時には、すべてが手遅れだった。セレナは俺の静止を振り切って無理やり戦おうとして、それに俺は必死で抵抗した。そうなってしまえば、必然的に変身も解ける。俺とセレナの心は、共融変身(ユニゾン・シンクロ)が維持できないほどにすれ違ってしまったんだ」
「共鳴変身は二人が意識を共鳴させて行うもの……お互いの気持ちが大きく離れてしまえば、ただでさえ複雑な演算処理が要求される変身はバラバラになっちゃいますよね……」
キャリアーとファクターが合一化し、魔法少女へと同化する技術を共融変身と称する。
これに最重要されるのは、両者がより高次の深度で意識を共有させることだ。
言わば二人で協力して車の運転をしているようなものであり、双方が全く別の方向を目指してしまった時点でその協力体制は破綻してしまう。
「結局、俺たちは事件の首謀者に逃げられた。そして仕掛けられた爆弾も止めることもできずに、何人・何百人もの人間を犠牲にしたんだ」
「それは……で、でも、歳星さんだけのせいじゃないですっ」
「いや……すべては俺とセレナの責任だ。俺はあいつのパートナーとして、大事なことを見誤っていた。俺があいつを説得できていれば……あるいは俺が引き下がって、首謀者の捕縛を迅速に行っていれば……きっと、あんなことにはならなかったはずだ」
必死に声をかけるころなを拒絶するように、歳星は目を瞑って静かに言葉を続けた。
「でもな、その報いはすぐに訪れた。もっともその天罰は俺じゃなく、俺の一番大事な人間――環に降りかかった」
フッとこの場に不釣り合いな笑みを漏らすと、歳星は自嘲気味に口角を歪める。
「環が市街地の爆発に巻き込まれた、と聞いたのはすべてが終わってからだった。崩落した瓦礫によって避難ルートが遮られ、他の奴らより避難に時間がかかっていたそうだ」
「そんな……」
ころなは全てに合致がいってしまい、ただ息を飲んで辛そうに表情を陰らせる。
「俺は何をやっているんだ、そう思ったよ。市民を守るヒーロー気取りが、結局は自分の妹も守れなかったなんてお笑いぐさだろ。俺のやってきたことに何の意味もなかったんだ」
大きく息を吐き出して、その口から告げられたのは自責の言葉だった。
「思えば、俺はいつだってそうだった。怪人に両親を奪われた俺にとって、環は世界でたった二人の家族だったのに。俺はファクターの仕事を優先して、いつも環を蔑ろにしてきた。もちろん、生きるために金を稼ぐ必要もあったが、本当は夢中になっていたんだ。悪い怪人を倒して、正義の味方を気取れることに。結局、俺もセレナと変わらない。環はきっと、そんな俺を恨んでいたろうに。それでも最後まで、恨み言の一つも言わずにいてくれたんだ」
歳星の声は震えていた。彼の果てしない後悔は、既に償う機会を失っている
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