第6話

「……時間だな、先に上がるぞ」


 一週間後。

 やはり歳星はいつものように腕時計を見ると、ころなを残して帰っていく。


「――ダメだ……全然、効果ないよぉ……」


 テーブルに頭を伏せると、ころなは生気のない声で呟きを漏らす。

 この一週間、ころなはとにかく歳星との会話を試みた。



『歳星さん、おはようございますっ。良い天気ですねっ!』

『……今日は生憎の雨だが?』

『あぅ……そうでした……』


『歳星さんって、休みの日は何してます? わたしは魔法の特訓、ですっ!』

『いや、別に……と言うか、休みの日くらいしっかり休め』

『ええ、っと……すいません……』


『あ、クッキー焼いてきたんですけど、味見してもらえますか?』

『しょっぱいな……塩と砂糖、多分間違えてるぞ』

『あ、本当だ!? ……ううっ、面目ないです……』



 天気や政治、ドラマやニュース、魔法少女業界や家族の話など、手を替え品を替え様々は手段を試してみたが、一向に状況は好転しない。


 歳星はころなとの距離を取ったままだった。

 むしろ以前よりも悪化して、余所余所しくなっているかもしれない。


「そう言えば――どうして歳星さんって、いつも時間キッチリに仕事を上がるんだろ?」


 キャリアーやファクターは怪人の出現に備えて一定時間まで事務所で待機し、それ以降は有事の出動がなければ退勤することになっている。


 歳星は怪人が出現していない時は、いつも決まって定時ぴったりに退勤をしていた。


「うーん……気になるけど、尾行って悪いことだよね」


 もしかしたらここに、歳星との距離を埋める手がかりがある。

 そんな予感めいた考えが脳裏を過ぎるが、どうしても尻込みしてしまう。


「よし――もし見つかったら、その時は謝ろう。もう、行動しないで後悔したくないから」


 散々迷った結果、ころなは歳星の後を追うことにした。

 頑張ると決めた彼女は親友の言葉に背中を押され、駆け足で事務所を後にするのだった。


「ここって病院、だよね……?」


 あの後、運良く歳星の姿を発見し後をつけていったが、歳星は都内にある大学病院を訪れていた。面会者用の入り口から中に入っていく姿を見ると、ころなも続いていく。


 病院内を進んで行く歳星は、やがてとある病室へと入っていった。


「あ――」


 病室の入り口に掲げられていたプレートを見ると、ころなは思わず声を上げた。

 個室なのか名前は一人分しか記載されてなく、『八咫環(やさかたまき)』と言う名前が書かれている。


「……天道。どうして、お前がここにいる?」

「い、いやー偶然、ですね。あ、あはは……」


 その声が聞こえたのか、歳星はころなに気づいて目を丸くする。


「……実はこっそりついて来ました。歳星さんが、どうして定時に帰るのか気になって」

「そうか」

「余計な詮索をしちゃって、ごめんなさい……歳星さんは、怒らないんですか?」

「いいや。お前に説明していなかったのは、俺の落ち度だ」


 ころなの答えを聞くと、歳星はただ短く呟いた。


「中に入らないか? ここは人目につく」


 そう言うと歳星は、ベッドの横に見舞い客用のパイプ椅子を用意する。

 ころなは戸惑うが病室内へと入り、遠慮気味に腰掛けることにした。


 ころなはベッドで眠っている人物へと視線を移す。


「えっと……この子、って……?」


 小学生くらいの幼い少女は、穏やかな表情で眠っていた。

 しかし、身体には透明なホースが何本も刺さり、口元は呼吸を補助する透明なマスクで覆われている。


 これが生命維持装置だということは、医学に明るくないころなでも理解できた。


「俺の妹――環(たまき)はな、三年前の事件で怪人の襲撃に巻き込まれたんだ。一命は取り留めた、瓦礫の下敷きになった時に脳に重大な障害を負った。だからもう長い間入院している」


 大きく息を吐き出すように、歳星は環を見つめながら語り出す。


「俗に言う植物人間、ってやつだ。今も病室で生命維持の処置は取ってはいるが、意識が戻る可能性は限りなく絶望的だそうだ。妹はもう二度と,目を覚まさないかもしれない」


 淡々と言葉を続けるが、その姿はまるで必死に感情を殺しているかのようだった。


「三年前の事件って……“あの”大規模テロのことですか?」


 歳星の口から出た“三年前”という単語。

 それに思い当たる節があったのか、ころなは確認するように尋ねた。


「そうだ。三年前、Sレートを含む大量の怪人たちが、市街地に大挙してきたあの日――俺はその現場に居合わせていた」


 近年で最大の損害を被ったとされる怪人犯罪。

 突如として現れた怪人たちは都市を襲撃し、市街地に重大な損害を与えた。


 事件から三年経った今では復興もほぼ完了しているが、この国に住む人間ならば誰もが知る記憶に新しい出来事だろう。


「当時の俺は月代セレナと一緒に、アルテミスのファクターとして現場に出撃していた」

「月代セレナに、アルテミスって――えぇぇぇ!? それってもしかして、あのランキング不動の一位【歴代最強】Sクラス魔法少女のアルテミスのことですかっ!?」


 歳星の口からアルテミスの名前が出ると、ころなは驚きのあまり叫び声を上げた。


「……まあ、そうなるな」

「さ、歳星さんって、アルテミスのファクターだったんですね……」

「……まあな。もっとも、それはもう昔の話だ」


 アルテミス――業界最高位の魔法少女であり、八星(プラネッツ)と呼ばれる八人のSクラス魔法少女の頂に君臨する最強の存在。


 その戦闘能力は歴代最高とも謳われ、かつて怪人との死闘の末に殉職した伝説的な魔法少女・プルートーをも越えると囁かれている。


 しかし、そんな栄光を語る歳星の表情には、どこか陰が差していた。


「三年前の事件をきっかけに、俺とあいつはコンビを解消したんだからな」


 苦渋に満ちた顔で続けられたのは、酷く苦々しい言葉だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る