第5話

「はぁ……これから、どうしよう……」


 翌日。

 放課後を迎えて騒然とする教室で、ころなは一人ため息を吐いていた。

 そんな中、親しみを込めてころなを呼ぶ声が聞こえてくる。


「よーっす、こーろーなー」

「あ、ヒメちゃん……」


 気安い調子で声をかけてきた彼女の名前は天川織姫(あまがわおりひめ)。通称・姫ちゃん。

 ころなにとって幼稚園からの幼なじみで、親友とも呼べる存在だった。


 ミディアムショートの髪を肩口まで伸ばし、左手首には水色のシュシュをつけ、適度に制服を着崩しているその姿は、今どきの女子高生を体現しているかのようだ。


「どしたん? 今日はなんか、朝から思い詰めてたみたいだけど」

「うん、実はね――」


 ころなは織姫に、ここ数日の出来事を相談する。


 織姫は魔法少女になりたいと志した時も、ころなのことを笑わず真摯に応援してくれていた。一緒に両親を説得し、適性検査にも付き合ってくれた。


 残念なことに織姫にはキャリアーとしての適性はなかったが、それでも友人として夢に向かって走り出したころなを支え続けてくれている。


 ホアカリグループの魔法少女選抜試験に合格した時は誰よりも喜んでくれたし、魔法少女になってからの悩みも相談に乗ってくれていたからこそ、安心して話せるのだった。


「ふーん、なるほど。なかなかにヘビーな状態だね、それは」

「そうなんだよ……Bクラスなんて、夢のまた夢だし……」


 改めて状況を再認識すると、思わずため息が出てしまう。


 Bクラスへの昇格は絶望的。パートナーの歳星とも上手く噛み合っていない。

 これからどうすればいいのか、今のころなには分からなかった。


「別のスポンサーを探すのはダメなの? ホラ、適性を持ってる人って稀少なんでしょ?」


 魔法の適性を持つ人物は、一般的には千人に一人と言われている。


 しかもキャリアーの適性を持つのは少女に限られ、成人を迎えると能力は徐々に減退していく。だから魔法少女となる者は活動期間が限定され、稀少な人材であるとも言える。


「確かにそうだけど……でも、わたしって最底辺のDクラスだから。ホアカリだって何度も不採用になった末に、ようやく合格した会社だし……次が見つかるとは限らないよ」

「世知辛いねぇ……せめてファクターだったら、まだマシなんだろうけど」


 年齢制限のあるキャリアーと違って、ファクターは能力の衰退は緩やかで、一般的に体力的な限界を迎えない限りは現役で活動できると言われている。


 だからこそ、佐々木のような年齢でも、ファクターとして活動を続けられていた。


「もうこうなったらさ、正攻法で行くしかないんじゃない? パートナーの人と協力して、怪人をガンガン捕まえてランクを上げるの」

「でも……歳星さん、あまり協力的じゃないと言うか、わたしを避けてると言うか……」


 今まで積極的に会話はしていなかったが、歳星はどこかころなと距離を取っていた。

 むしろあの時のように歳星から声をかけてきたのが例外的で、普段は不干渉を貫いている。


 それを忘れていたころなは、再び彼との溝を身を持って思い知ることになった。


「だからこそ、だよ。ころなはその歳星さんのこと、知らなすぎるんだって」


 表情を引き締めると、織姫は言い聞かせるように口を開いた。


「これからBクラスを目指すなら、ころなと歳星さんはもっと分かり合わないと。その人の好きな食べ物は? 趣味は? 好みの異性のタイプは? そう言うの、知らないでしょ」

「確かに、そうかもしれない……」


 改めて考えるところなは、今まで歳星のことを深く知ろうとしなかった。

 表面上は言葉を交わすが、歳星の作る壁に遠慮してしまっていたのが現実だった。


「歳星さんはわたしのファクターなんだから、本当は一番にでも理解しなきゃいけないのに……でもわたしは、あの人のことをほとんど知らない」


 自分の落ち度に気付いたころなは、しょんぼりと肩を落としてしまう。

 しかし、織姫は元気づけるように、元気な声でころなを励ます。


「方針は固まった? ひたむきなのがころなの良いとこなんだから、頑張りなって!」


「うん! ありがとう、ヒメちゃん。わたし、頑張るねっ!!」


優しく笑いかける織姫を見て、ころなは決意を新たに意気込んで答える。

 こうして親友に背中を押され、天道ころなの八咫歳星への歩み寄りが始まったのだった。

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