第4話
「――なるほどね」
翌日。
いつものように事務所に訪れたころなは、早乙女に先日の出来事を報告していた。
「こうなれば流石に、シューティングスターズもお終いかしら」
やれやれと額に手を当てて、早乙女は盛大に溜め息を吐く。
「ウチも魔法少女事業から撤退ね……まったく、この損失をどうやって埋めたものかしら」
三人のメンバーの内、二人が抜けてしまえばユニットは成り立たない。
早乙女の関心は既に、この損益を補填する手段に移っていた。
「ま、待ってください! 社長!」
そんな早乙女を見てころなは、意を決したように声を上げた。
「わたしはまだ、魔法少女を続けたい……ですっ!」
必死に声を振り絞って、ころなは懇願するように早乙女へ訴えかける。
「今から追加のメンバーを集めるなんて余裕、ウチにはないわよ?」
「わたしだけで……わたし一人でやります。やってみせますっ!」
早乙女は怪訝そうに眉を吊り上げるが、負けじところなは精一杯の勇気を振り絞る。
「――駄目ね、話にならないわ」
しかし、早乙女の答えは、酷く冷淡なものだった。
「今まであなたたち三人を使い続けてきたのは、曲がりなりにもかろうじて広告塔の体裁を保っていたからよ。本当に一人で代わりが務まるの?」
「こ、これからはどうにか、わたしが一人で――」
「無理言わないでちょうだい。それともあなた一人で、三人分の笑いが取れるとでも?」
「そ、それは……」
早乙女はころな個人に、戦力など期待していなかった。
シューティングスターズが三人がかりでそれができなかったのだから、ころなが一人で戦力として活躍できるとは到底思えなかったからだ。
となれば残る可能性は今までのように笑いを取って目立つことだが、これこそ不器用な性格のころなには不得手だろう。
「聞き分けなさい。これはもう、決定事項よ」
「そんな……」
取り付く島もない早乙女の態度に、ころなはガックリと肩を落とす。
どうしても魔法少女を続けたい彼女にとって、これは絶望的な状況だった。
「それなら――正々堂々、魔法少女として名を上げればいい」
すると、ここまでころなの隣で黙っていた歳星が、静かに口を開いた。
「魔法少女として活躍すれば、必然と広告塔としての役割も果たせるだろう」
「……八咫。あんた、本気で言ってるの?」
「俺はただ、事実を述べただけだ」
早乙女が最初から除外していた可能性を歳星は示していた。
それはつまり、ころなが魔法少女として、単独で実績を上げるということだ。
「一応、聞いておくけど……勝算は?」
「ないわけじゃない。だがお世辞にも、あるとは言えないな」
「あんた、ねぇ……」
どこか煙に巻くような歳星の言葉に、早乙女は呆れたように頭を抱えていた。
「――いいわ、天道ころな。我が社はあなた単独で、契約を維持するわ」
「ほ、本当ですか!?」
しばらくの逡巡の後。
ため息混じりに吐き出された言葉を聞いて、ころなはパッと表情を輝かせる。
「ただし、条件を付けるわ」
「条件……ですか?」
喜びに声を上げたのもつかの間、早乙女は契約を維持する条件を口にする。
「今シーズン終了まで――具体的には半年後までに、Bクラスへ昇格しなさい」
「び、Bクラス――ッ!?」
早乙女の提示した条件を聞いて、ころなは素っ頓狂のような声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください社長! Bクラスって……それこそ、一戦級の魔法少女が所属してるランクじゃないですかっ!?」
「Bクラスなら中継でも放送されるし、新聞や雑誌にも取り上げられるわ。もしあなたがそこまでの魔法少女になれるのなら、我が社としては充分な宣伝効果が期待できるわね」
「そ、そんなぁ……Cクラスでも厳しいのに、Bクラスなんて夢のまた夢ですよぉ……」
最低クラスで低迷していたころなにとって、Bクラスとは雲の上の存在だった。
そこまで半年以内に到達しろ、という早乙女の条件は彼女にとって無謀に思えてしまう。
「さ、歳星さんっ」
突然、突きつけられた条件に狼狽するころなは、縋るような視線を傍らの歳星へと送る。
「……ま、妥当な線だな」
しかし、歳星は淡々とした様子で、早乙女の出した条件を肯定する。
「決まりね。後のメンバーの処遇については別個で話し合うから、あなたたちはすぐにでも活動を再開しなさい。時間はあまり残されていないわよ?」
「あ、ぅ……はい、分かりました」
頼みの綱である歳星があっさり肯定してしまうと、これ以上の反論が言えなくなる。
早乙女は事務的な口調で告げると、最後に表情を引き締めて警告するように付け加えた。
「うぅ……歳星さん、どうしましょう……」
事務所を出るところなは、泣き出しそうな顔で歳星を見上げる。
「どうしたもこうしたもないだろう。俺たちは期間内に、社長の提示した条件を達成できるように努力するだけだ」
「そ、そうですよね……!」
歳星の言葉を聞いて、やはり頑張るしかないと意気込むころな。
「それで歳星さん。Bクラスに昇格する勝算って、どんな感じなんですか?」
彼女は事務所で歳星が口にした言葉を思い出し、これからの方針の参考にと尋ねてみる。
あの時、歳星は『勝算がないことはない』と言っていた。
それがどんな低い可能性だとしても、今のころなはそれに縋るしかなかった。
「……社長の手前ではああ言ったが、実際に具体的策はない」
「え、えぇぇぇ――ッ!?」
それを聞いたころなは、思わず驚きの叫びを上げてしまう。
「ど、ど、どどっ、どうするんですか、これから!? 条件が達成できなかったらわたしたち、クビにされちゃうんですよっ!!」
予想外の答えに、あたふたと狼狽するころな。
「それを考えるのは、お前の仕事だ」
そんな彼女とは対照的に、歳星は酷く冷淡な口調で答えを返す。
「俺はお前のファクターだ。求められれば力は貸すが、その力の方向性を決めるのはキャリアーであるお前自身だ。あまりファクターを過信しない方がいい。俺たちはあくまで、契約上の付き合いでしかないんだからな」
歳星はどこか冷え切った眼で、ころなを見据えていた。
そこには昨日、彼女を励ました時の温かみはなく、まるで道具でも見ているような無機質さがあった。
「……時間だな」
ひとしきりに話し終わると、歳星は腕時計を見て呟きを漏らす。
「先に上がるぞ」
歳星は最後にころなへ一声かけると、彼女を置いて歩き去って行く。
「歳星さん……」
ころなはその後ろ姿をただ、見送ることしかできなかった。
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