日曜日30 TikTokとTV使用許諾
《手品の営業先で「きみオカマなの?」って言われると心臓が破裂しそうなほど憎しみが湧き出して、でも相手に悪気がないのも分かってるから、ニコニコしながら手品を続けるんだけど、家に帰った後、お気に入りの人形に針を刺しまくって気を紛らわせてる。わたしはオカマという言葉にだけは耐えられない》
朝起きて、枕の横からiPhoneを手にとって、何の気なしにツイッターで呟く。
なぜか、涙が止まらない。自己愛。自己憐憫。自己撞着。時間は午前10:30分。昨日に続いて吐き気がする。それに加えて、首と肩の痛み。
昨日の夜からあんまり食欲がない。何か食べてから薬を飲んだ方がいいような気がしたのだけれど、吐き気がするので水だけガブ飲みしてレキソタンを飲む。床にしゃがみ込んでしまう。しゃがんだままテーブルの上からコンサータとサインバルタの袋を落として、それぞれシートからパキパキと錠剤を抜いて口に放り込む。ペットボトルの水をゴクゴク飲む。苦しい。助けて。殺して。と、思いながら、ツイッターでデタラメなことを呟きまくってるうちに、気持ちが楽になった。今はアプリゲームを開く気になれない。バタイユの眼球譚の続きを読もうとしたけれど、すぐ本を閉じてしまう。文字が頭の中でバラバラになってしまう。自分で紡ぎ出す言葉だけは、理解できるのに、本の内容が頭に入ってこない。言葉の練習をするかのように、ツイッターでくだらない一行ツイートを打ちまくっているうちに、だんだん他人の文章の意味が頭の中に入ってくる。だるい。カーテンを開けて陽射しを部屋に入れる。部屋に舞っているホコリがキラキラしていた。窓の外は田んぼだらけ。でも、誰かに見られているような気がしてうざくなってカーテンを締める。喉が乾く。水を飲む。トイレに行ってうんことおしっこをする。こんな汚物が自分の体内にあることを考えるだけで嫌になる。死にたくなる。うそだ。そんなことはない。ツイッターでバカなことを呟いたり動画をアップロードして、誰かからハートマークをつけてもらえるたびに喜びを感じているのだから、死にたいはずがない。生きたい。生きている実感が欲しい。
ツイッターばかり見ていた。読書はできなかった。漫画ですら読むのが苦痛だった。
夕方。ツイッターのダイレクトメールに1通メッセージが来ていた。いつもの彼からかな。と、思ったら違った。リクエスト欄に誰だか知らない人からメッセージの申請許可を求める表示が出ていた。とりあえず許可してみた。
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マジシャンアリス様
突然のご連絡、大変失礼致します。テレビ番組のリサーチを担当しております株式会社※※※※のDと申します。
この度、※※テレビで放送予定の番組にて、若者たちの間で動画をSNSで発信することが流行っているということで、様々な動画をピックアップし、番組独自のランキングで紹介するコーナーを放送する予定でおります。
そこで、TikTokで公開されている
・http://vt.tiktok.com/TBTSh/
の動画に関して、番組での使用許諾を頂きたく、この度ご連絡させて頂きました。もしご興味を持って頂けましたら、番組の詳細やもう少し詳細な企画内容をお伝えさせて頂ければと思いますので、××××@×××.co.jpまでご連絡頂けませんでしょうか?
ご検討頂ければ幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。
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このテレビ局の下請け業者は、一体なにをいっているのだろうか?
そもそもわたしがこのクソアプリに動画をアップしたのは、チャラチャラしたアホみたいなガキどもが珍妙なダンスを踊りながら人気者になりたいなどとほざいていることにムカついて、それに対して現実を見せつけて絶望させてやろうと思って始めたのだ。だいたいにして、わたしは若者でも何でもない36歳のおっさんだ。それに加えてわたしはテレビというクソメディアが嫌いだ。その敵に対してわたしのTikTokの動画を使わせるだって?
バカなことを言うな。
と、思いながら、わたしは『有名になれたらいいな』などとちょっとだけ胸をときめかせて、すぐにメールを送り返した。
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株式会社××××
ご担当様
手品師のアリスです。
このようなご連絡をいただけて大変光栄です。
動画の使用に関してですが、企画の内容を簡単に教えていただけると幸いです。
企画内容によってですが、わたしの動画を使っていただき、少しでもわたしの自己顕示欲が満たされればこんなに嬉しいことはありません。
ただ、企画の内容が、例えば種明かしに関連する演出であったりするのは嫌なので、その部分だけ確認したいのです。
また、わたしは本職のマジシャンで、鼻に釘を刺して子供を追っかけ回すような手品が得意です。もしドッキリ企画で必要な時は使ってくださると嬉しいです。
この度はお忙しい中、お声かけいただきありがとうございます。それでは、ご連絡お待ちしております。
東京都公認大道芸人
芸名:マジシャンALICE
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どうせ、こんな使用許諾に金なんか入らないのだから無視してもよかったのだ。と、鼻息を荒くしながらも、文面を読み返すと、自分は結構丁寧にへりくだった調子で対応している。なんてざまだ! 自分の最も憎んでいる媒体であるテレビジョンに、しかも自分が蔑んでいたクソアプリの宣伝のために、わたしが無償で使役されるというのに、なんでわたしは喜んでいるのだ。
そのあと、わたしは30分に1回の頻度でメールの送受信欄をクリックしていたが、待てど暮らせど返事が来ない。すでにメールを出して10時間が経っていた。ちくしょう。めちゃくちゃ期待して返事を書いたのに。これをキッカケに超有名になって、みんなからチヤホヤされるはずだったのに。疲れてクソだるい中、こんな面倒な長文メールを打たせやがって。プライドまでズタズタにされた。憎い。これだからテレビ局の奴らはクソだというのだ。と、思いつつ、少し元気が出てきた自分に気づく。
元気が出てきたので、これからバタイユの眼球譚の続きを読もうと思う。主人公とシモーヌに精神を破壊されてしまった穢れなき美少女のマルセル。気の毒な彼女の心に触れ、その聖なる狂気とともにわたしの心もドロドロになって、眠りに落ちようと思う。
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