金曜日28 紙と銀貨

 起きて10時。吐き気がする。でも、吐けない。腕が重い。薬を飲む気力もなく横になる。11:00を過ぎてようやく吐き気が薄れ、起きて薬を飲む。いつもと同じように、コンサータ1錠、サインバルタ2錠、レキソタン 1錠。そしてまた布団に潜る。


 iPhoneを手にとってツイッターを開く。クソみたいなことをテキトーに呟いて閉じる。そして、お気に入りのゲームのファンタジーライフオンラインをしようと思ったら、午後5時までメンテらしい。クソが。と、思い、ツイッターをもう一度開いて、タイムラインを流し読みしていると、《ポンチのやる気が出るぼやき》とかいうツイッタラーが『部屋の乱れは心の乱れ』と呟いていたので『うるせーバカ』とリプツイ(返信)した。


 しかし、そういえば、ここ数日全然掃除をしていなかったので、部屋中にホコリがたまっている。ホコリまみれの部屋の隅にブルーのアタッシュケース。グローブトロッターというイギリスの有名なブランド品。一年前に金もないのにクレジットカードで12回の分割払いかなんかで買ったのだ。確か今月完済しているはずだが、カードの明細を見る気にもなれない。このアタッシュケースは手品の営業で使おうと思って買ったのだけれど、使い勝手がめちゃくちゃ悪くて一回使ってそれっきり。今は、ただのゴミ。そもそもこの高級カバンの素材はただの紙であり、メーカーはそれをヴァルカンファイバーなどと大げさに称しているのだけれど、結局ただの段ボール。そんなものが10万円以上するのだ。狂っている。段ボールケースに大金を払って喜んでしまうわたしも狂っている。しかし、高級なブランドを購入した時の高揚感は、たまらなく気持ちがいい。わたしは、その高揚感のためにいつも無駄遣いをしてしまうのだ。

 とはいうものの、わたしは壊れやすいものが嫌いなのに、素材が紙のカバンに大枚叩いてしまった自分の愚かさに嫌気がさしている。いくら頑丈にできた紙とはいえ、金属やカーボンには劣る。濡れればベコベコになるし、カナヅチで叩けば簡単に穴が空く。このカバンがいつか壊れてしまうことを想像すると、わたしは虚しくなって何の愛着も持てなくなってしまった。とっととヤフオクかメルカリかなんかで売ってしまおう。そう思うのだけれど、綺麗に見えるように写真を撮ったり、商品説明を書いたり、バカの値下げ交渉に応じたり、発送するための梱包や、発送するために外へ出るのも面倒くさい。もういいや。と、思って、心をおだやかにするため、部屋の掃除をしようとしたが、掃除機のゴミパックが満杯らしく、赤いサインが表示されてる。ゴミパックを換えねばならない。けれど、新しいゴミパックをどこに置いたのか忘れてしまった。もう掃除する気も失せた。全てを諦めることにした。


 なんだか小腹が空いてきたのでカップ焼きそばを作って食べることにした。カップを開けると乾燥キャベツの袋が入っていたけれど、キャベツは別に食べたくないのでゴミ箱に捨てた。お湯を沸かして注いで3分待ってお湯を台所に流してべコンとステンレスがへこむ音。箸を出す。立ったまま焼きそばを食べる。口の中が気持ち悪くなった。歯磨きをする。イソジンでうがいする。鏡を見るとボサボサに伸びた髪の毛がひっちゃかめったかになって、目の下が薄っすら青い半月が浮いている。イソジンの赤茶色の色素が歯についている。水でうがいし直して色を落とす。そういえば昨日と一昨日はお風呂にはいってない。でも、そんなの全然気にならない。オナニーがしたいと思ってしようと思ったが全然気持ち良くならず、すぐに諦める。愛したい。愛されたい。殺されるまで愛されたいという幻想を抱きながら再びツイッター。小池一夫とかいう著名な漫画原作者の爺さんが『人の悪口が言いたくなったり、どす黒い感情が沸き上がりそうになった時は、自分の滅茶苦茶好きなコンテンツにどっぷり浸かることにしています。漫画でも、映画でも、音楽でも何でもいい。本当に、不思議と人の事などどうでもよくなります。そういう気分転換の仕方のルールを作っておくの、お薦めです』とツイートしていたので、『うるせーバカ』とリプツイしておいた。


 どいつもこいつもふざけきったことを言いやがって。


 ツイッターに飽きた。ベッドの下に落っこちていた銀貨に手を伸ばす。手品で使うダブルフローリン。銀貨の中で一番美しいデザインだと思う。コインの表は原理主義を感じさせる中年のおばはんの肖像。『VICTORIA DEI GRATIA』と文字が入っている。よく分からないけれどヴィクトリア女王がどうのこうのという意味だろう。裏には4つの盾が十字に並んで盾の中に動物みたいなものや、ハープみたいな絵が彫られている。それぞれの盾の上に王冠が載っかっている。かっこいい。プリミティブな感じ。美しい。わたしは美しいものが好きだ。壊れないものが好き。頑強で揺るがない意志が好き。そのコインを握ったり指に挟んだりしながら目を瞑る。このまま永遠に眠り続けていたかった。コインを落とした。フローリングの床に。カツンと音がしてどっかに転がっていなくなってしまった。さようなら、ヴィクトリア女王。またあとで拾いに行きます。


 そのまま、いつのまにか眠っていたらしく、起きたら夜の8時になっていた。これからガラクタだらけの部屋の中からヴィクトリア女王を探して、睡眠導入剤を飲んで、朝まで眠り続けようと思う。おやすみなさい。

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