土曜日22 孤独と暗闇
1週間くらい前からツイッターのメッセージで文通のようなことをしている。
相手は18歳の学生さんだった。
性別は男性で、自分はバイセクシャルだという。で、何を言うかと思ったら、いきなり「あなたに惚れた」と言うのである。のけぞってしまった。大丈夫か、この子は? と、心配になってしまった。
でもなんか若い男の子に好かれるって、超うれしい。なんて感じで、恋に恋する女子高生のノリになっている自分がいる。
とにかく、久しぶりに自分のことを明け透けに話せる相手ができたというのは嬉しかった。でも18歳かあ。付きあったら若すぎて犯罪になっちまうじゃねえかと思った。その子は最近、知り合いの男の子に告白して振られたらしく、さらにそのことがきっかけでその彼は別の女の子と付き合うきっかけになったらしいのだが、バイの彼は実はその彼女に対しても恋心を抱いており、つまり、自分が恋心を抱いていた人間を一気に失ったのだ。二兎を追う者はなんちゃらというけど、ちょっと笑ってしまった。真剣に悩んでいる彼には悪かったけれど。
まあ、でも実際、性的マイノリティなわたしたちみたいな人間はどうやって恋愛をすればいいんだろう?
彼はわたしが魅力的だと言ってくれた。惚れた。と、言ってくれた。嬉しかった。でも、彼は自分自身の容姿がブサメンで太っていると言ってきた。彼は自分が醜いからわたしと釣り合わないと言う。でも、わたしだって別に見た目がいいわけじゃないから釣り合うもへったくれもない。でも、たしかにわたしはかっこいい人しか好きになれない性分だ。美しいものしか愛せない。
この時思ったのはわたしは彼を恋愛対象としては感じられないと言うことだった。彼が自分の容姿を打ち明けるまではわたしはキャピキャピしていた。かっこいい男の子だったらどうしよう。付き合っちゃおうかな。てへ。とか、そんなゲスいことを考えていた。でも、容姿の話を聞いた途端に、自分の中にあるキャピキャピ感が一気に失せてしまった。
だからと言って、ブサメンは好きになれないごめん。とか言ったら自分はすげえ嫌な奴になってしまう。わたしはいいやつだとおもわれたい! だから、どうやって、自分がいい人間でいながら彼にわたしを嫌いになってもらうか色々考えた。とりあえず、「ごめんね。わたし人のことを愛せないんだ」と返事をした。わたしは人を愛せない人間なんだ。などと、なんかくっさいメロドラマみたいなことを言って綺麗に終わらせようとしてしまった。
が、その後も毎晩、彼からメッセージが来た。というのも、もし良ければまたメッセージ送っていいですか? という問いに「もちろん、オーケーだよ!」とわたしが言ってしまったからである。
実際、わたしは友達が少ないので、話ができる友人に飢えていた。だから、交流は続けたかったのだ。で、その後も毎晩、彼はわたしにメッセージを送ってくれた。話を聞いていると、非常に優秀な学生さんだと言うことが分かった。たしかに彼の話は知的だった。好奇心が旺盛で、積極性もある。というか、積極性がありすぎると思った。わたしのことを愛してると何度もアプローチをしてくる。
まだ18歳だし、テキトーなことを言って、この子の将来をめちゃくちゃにしてしまったらどうしよう。と、急に怖くなった。
どうしたらいいんだろう?
わたしはこの子よりもずっと年齢を重ねているはずなのにどうしていいか分からなかった。
はっきりときみを愛せない。無理だ。と、いうべきだったのだろうけれど、自分が嫌な奴になるような気がして言葉をボカしてしまった。「好きって言ってくれて嬉しいよ」とか、「でも、きみは若すぎるし、自分はおじさんだから」とか、「自分の性癖を言える勇気はすごいと思う」とか、そういうスカした言葉ばかりかけてしまった。突き放すことができなかった。いくら彼がわたしよりの若くても、わたしは外見でしか人を愛せない人間だからだ。でもそれをはっきりいうのがたまらなく辛かった。
わたしはもっと綺麗な理由で彼のアプローチを回避したかった。
「きみは今、極めて優秀な学校に在籍していて、将来も約束されてる。でも、今ここでわたしに関わったらきみの人生が絶対にめちゃくちゃなことになる。だからきみのことを好きになれない」とか、「きみの気持ちは嬉しいけど。惚れるのはダメだ。はっきり言ってしまって傷つけたくないけど、それはダメだ。わたしはきみのことを好きって言ってあげられない」とか、なんかゆるゆるな返事しかできなかった。
こうしてまた、わたしは「いい人間」を演じてしまった。
彼はメッセージで別れる際になると「愛してます。バイバイ」と返事をくれた。わたしは「バイバイ、またね」と返事を返す。けれどわたし自身は意図的に「愛してる」という文言は使わなかった。彼もそのことに気づいていたはずだ。自分が愛されていないと分かっているはずだ。そして彼はそれでも良いと思っている。
でも、わたしはそれが嫌なのだ。どうかわたしのことを心底嫌って欲しい。そうすればわたしは楽になれる。と言って彼に嫌われるような言葉を発する勇気もなかった。
どうしていいか分からず、わたしは昨日の5歳年上の人と付き合って別れた内容の日記を書いた。彼がわたしの日記を見ていることは知っていたから、きっと読んでくれるだろうと思った。昨日の日記にはわたしの本性を書いた。あれを読めばわたしのことを嫌いになってくれるだろうと思った。
でも、今日、日記を読んだ彼はわたしに対してこんなことを言った。
「アリスさんは結局、優しいんだ。嫌なやつとは思わない。私は100%、あなたの好みじゃないだろうし」
苦しい。どうしてわたしが嫌なやつだと気づかないんだ! なんでこういういいやつばかりわたしを好きになってくるんだ!
わたしが話を切り上げる時に、彼は言う。
「バイバイ、愛してます」
それに対してわたしは応える。
「またね。ありがとう」
でも。このときはいつもとちょっと違った。そのあと、こんなメッセージが来た。
「今日も、嘘の感謝をもらう。こんなわけのわからん奴に捕って、手に余ると思われているだろう。私は若い。実際、なんでも出来る。私はあなたにとって、どうでも良いやつだけど、『苦しむ人にアドバイス出来る自分が可愛い!!お前はとりあえず黙れ!!』と思っているかも知れない。それで良い」
文章に乱れがあって、彼がショックだったのだというのが手に取るように分かる。やっぱりこの子は最初から気づいていた。わたしの嘘に気づいていた。わたしは彼の言葉に怒りも悲しみも感じなかった。ただ、めんどうくさい。と、冷たい気持ちを抱いてしまった。
彼は続けてメッセージを送ってくる。
「私が図に乗るのは違うだろうが、まあ、あなたのそんな所が好きですので。結構、厳しいことを言うかも知れないが戯言だと思って下さい。あなたは一般の括りに入れられることを嫌悪している。より異常に!!より恐ろしく!!私はこんなに凄いんだぞ!! 分かる。僕は規律を重んじた。それが報われると信じていたからだ。現実はそうではない。悩んだって、悩むまでもなく幸せなやつがいる。自分が弱いことを受け入れれないんだ。そうなれば、別のものになる、人間を棄てるしかない。それは疲れるだろう。リセットしたくなるだろう。僕は君を大切に思っているが、そんなのは雑魚でしかない。あなたは崇拝され。イケメンにチヤホヤされたいだろう。1人の人間に愛されたって、それが何?って話だ。知らしめたいか!私は凄いのだと!」
ちょっと違う。わたしはイケメンにチヤホヤされたいのではなく、わたしが好きだと思える人に、わたしは愛されたいのだ。それは大勢である必要は全くなくて、ただ一人の完全なるわたしの理想の人だ。
まあ、そんな人はこの世にいないのだけれど。
わたしは彼に対して、また、思わせぶりな抽象的な返事をしてしまった。
「ちょっと変な話でびっくりさせちゃうかもだけど、わたしの中にはカエルが何匹かいて、その中の一匹はすごく真面目で、いつもわたしに「お前は傲慢だ」「調子にのるな」「自分は特別だなどと思うな」って言ってるんだ。これはわたしの幼少期に父からよく言われていた言葉で、父はわたしによく『驕り高ぶってはならない』って言ってたんだよ。そんで、わたしの中のカエルはこの考えを守ろうとして、いつもわたしを律してる。このカエルはわたしの心の中で一番大きくて強い権力を持ってる。
でも、残りの小さなカエルたちは、いろんな欲求不安を持っていて、自分の力を誇示したかったり、思いっきり暴れたかったり、欲望に忠実になりたいんだけど、大きくて権力の強い父性を持った規律正しい親ガエルに叱られるんだ。『お前たちは間違っている。自慢をするな。謙虚であれ。正しく生きろ。ルールを守れ』って。
小さなカエルたちは力が弱くてこの言いつけに反抗できないから、我慢してじっと耐えている。縮こまって、震えながら、欲望を発することを我慢してる。でもそうすることで溜まっていく欲望がどんどん大きくなって小さなカエルたちが合体して、真面目な規律正しい自分の主体であったはずのカエルを食べてしまう。そのとき、わたし自身はコントロールができなくなって、現実の世界で衝動的に、とんでもない行動をする。今まで我慢していた自己愛が爆発して他人を傷つけてストレスを発散する」
一体わたしは何を言ってるんだ?
自分で言っててもさっぱり分からなかった。でも彼はこれに対して、
「良い回答だ」
と、返事をくれる。
何が良かったのか、自分ではさっぱりよく分からなかった。
わたしは動揺していたのかもしれない。
わたしは言う。
「もう、なにも欲しくない。欲しいけど。いらない。歳をとることをすごく恐れてるよ、わたし。もう今も嫌だもん」
彼が言う。
「そうだね、君は自己を愛しすぎている。多分。愛するにあたらない自分が憎いのか」
わたしは答える。
「わたしは自分が好きな自分が大嫌い。でも、自分を嫌いと思う自分が大好き。っていう自分が嫌い。っていう自分が好き。っていうのが延々続いてる感じだね」
彼はそういうあなたが好きだという。だからわたしは言った。
「でも、そんな人間好きになったら酷い目にあうよ。気をつけろよ、これから先も」
「好きな人に酷い目にあわされても良くね? あなたに寄生するのは今のところ考えてませんけど。お話楽しいなって」
「うん、大丈夫。好きって言われるたびに、絶対突き放すからw」
「あなたは苦しいかも知れませんが。笑っちゃだめよ。突き放し方が緩いわ」
「そうだな。分かった。じゃあ言っておくよ。もしきみがわたしに好意を持ちすぎてしまうようなら『それは嫌だ』っていうよ。『もう二度と連絡しないで』っていう。友人としてこういう色んな話をぶっちゃけれる間柄でいられるならこのままでいい」
「おう、くる奴来たね。サヨナラは心苦しいね。試すじゃない。無理ね。僕はあなたを棄てると目の前は死だ」
「じゃあ友人でいよう」
それから二人でどうでもいいことを駄弁って、最後にわたしが日記書いたりゲームしたりしたいからまたね。といって、彼も「うん、またね」という。そして、「忘れてた。愛しています。これは言っておきたい」と言ったので、わたしは最後に答える。
「もう、それ言わなくていいから! 愛されるの苦手! またね!」
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この後、この文章を書いて、ネットにupしてもいいかって聞いた。
「日記書いたんだけど。きみがショックを受けてしまうかもしれないから、まずここにペーストさせて欲しい。許可をもらえたらいつものところにアップする。ダメならアップしないから」
そしてこの残酷な文章を彼に読ませた。
「なげぇな。でも、好きに使用してくれて良い」
「ありがとう。ちょっと推敲して文章upする。やることあるだろうに、長文読ませちゃってごめん」
「読みたいから読んだ。悪くない」
「それならよかった」
「本来、私は見てるだけで良いんです。最近は甘えていました。他者というものはこんなにも素晴らしいのだと......。けれど、結局は1人です」
わたしは思った。わたしも孤独だよ。真っ暗だよ。でも、誰でもみんな最期に死ぬときはこの暗闇と一人で立ち向かうことになるんだ。今、孤独を知っているわたしたちは、幸せな人たちよりもずっと有利なはずだよ。そう思った。言わなかったけれど。
「とりあえず、僕は痩せます。筋肉も付けます。後悔させてやるよ。手に入れれなかった事を♡」
「そうしてよ。そんで恋人と並んで写メ撮って、『恋人できました』って送ってよ。そんときゃ呪ってやるよ」
「あーん。幸せ♡ ぼくはまだ18だぜ」
「ちくしょう一生孤独でいやがれ!」
そして、わたしはツイッターを閉じた。布団に潜る。頭まですっぽりかぶって。暗闇の中、ヌクヌクと暖かい眠りに落ちようと思う。おやすみ。
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