金曜日21 愛と優越感
午後2:28分。いつもお世話になってるマジシャンからショートメールが来た。
先輩マジシャン: お疲れ様です(^^)明日〇〇の現場入れますか?
わたし: 明日すみません。ちょっと予定が入っちゃってて。申し訳ないです。また久喜、予定があえばよろしくお願いします。
嘘だった。明日は何にもない。
でも、何にもする気が起きなくて嘘をついてしまった。せっかくギャラと信頼を稼ぐチャンスだったのに、棒に振ってしまった。アッハハ。もうどうでもいい。なんか疲れちゃったし。と、そんな感じで今日もテンションだだ下がり。
その直後、またメッセージが来た。昨日、マジックショーの依頼をくれたSさんからだ。
Sさん: 昨日はありがとうございました。お店の人から帽子の忘れ物があると連絡きました。しらこさんのですか?
ハッとしてキャリーバックを開けて中を見る。ちくしょう。やっちまった。
わたし: ごめんなさい。わたしの帽子です。今夜取りに行きます。教えてくれてありがとうございます! 助かりました。
げんなりだ。
今日はスマホゲームのファンタジーライフオンラインでクリスマスイベントの雪だるまをボコしまくって遊びたかったのに。
わたしはよく仕事現場に物を忘れる。
テーブルホッピング(各テーブルを周ってマジックすること)の時も、テーブルに道具を置き忘れて別のテーブルに行ってしまって、置き忘れた道具を調べられて、トリックがモロバレしてしまうなどプロとしてあるまじきことをしでかしてしまう。そして一番困るのは、現場に手品道具を置き忘れて、そのまま紛失することである。手品道具はとても高い。500円玉くらいの大きさの手品道具一つが、5万や6万もする。それを失くした時のショックたるや、胸をぶん殴られて心臓ごと吹き飛ばされるような衝撃だ。
今回現場に忘れたハットは海外のオークションで700ドル、送料等を含めれば日本円で9万円近くするものだった。
今回はお店のスタッフの人が拾得してくれて良かった。
と、思うのが普通の精神状態なのだけれども、今のわたしは、取りに戻るのが嫌で仕方なかった。あんなボロい帽子は捨ててもらってもいいと思った。とにかく今はゲームがしたくてたまらなかった。
最近のニュースで、ゲームがしたいがために赤ん坊を餓死させたというニュースがあった気がするけれど、わたしもたぶん同類だ。こういう時は自分がキンタマ取ったオカマになって良かったなあと思う。
もし、わたしに子供がいたとしたら、たぶん我が子を愛せないだろう。
わたしは一つの対象を持続して愛することができない。高価なアクセサリーやバッグを買ってもすぐに壊してしまう。永遠に壊れないものしか愛せない。買ったそばからその商品の耐久性を試そうとして、わざと床に叩きつけたりして壊してしまうのだ。
わたしは他者に対してもそういう扱いをしてしまったことがある。数年前のことだが、わたしのことを好きだと言ってくれた男の人がいた。わたしより5歳年上の人で、とても頭のいい人で立派な職を持っている人だった。そしておそらくノンケ(ゲイではなく異性愛者)で、わたしにはもったいないくらい、本当に心の綺麗ないい人だった。
彼の家で泊まったり、一緒にホテルに泊まったこともある。けれど、わたしは彼に対して一度も自分の裸を見せたり、キスしたり、セックスさせたりしなかった(そもそもやり方分からんし)。彼のことが嫌いだったわけではない。でも、わたしにとって彼はそういう対象としてみることはできなかった。全然できないのだ。にも関わらず、わたしは彼に愛されているということに満足していた。彼がわたしの身体に触れたがっていることに気づいて、優越感を感じていた。でも、絶対にわたしは自分の中身を触らせないようにしていた。わざと意地悪なことを言って怒らせようとしたり、ワガママなことを言って困らせたりもした。彼の自分に対する愛着度を試そうとした。わたしは自分が愛されるに値する存在であることが嬉しくてたまらなかった。しかし、彼のことを愛してはいなかったのだ。こんなに賢くて良い人は他にはいないだろうなと感じた。
でも、わたしは自分より若くて綺麗でかっこいい男の子に愛されたいのだ。優しいかどうかなんてどうでもいい。賢いかどうかなんてのもどうでもいい。わたしは若さと見た目だけでしか他人のことを恋愛対策として見られなかった(ちくしょう。本当はこんなこといいたくないんだ!)。彼がどんなにいい人でも、顔とか匂いとか好きになれなかった。仕方ないじゃないか。わたしは自分が心の清い人間だと思われたかった。見た目だけで人を好きになるような軽い人間だと思われたくなかった。
だから最初に彼に「君のことが好きだ」と、言われた時に、曖昧なお世辞のようなことを言って、「それは嬉しいけれど」と、顔を赤らめる素振りをして、思わせぶりな態度をとってしまった。はっきりと断れなかった。それから二年くらい、付き合った。彼はわたしを食事に誘ってくれたり、映画に誘ってくれたり、わたしの知らないことをいっぱい教えてくれた。彼はとても頭のいい人だったから、そういうのは本当に刺激的で楽しかった。でも、恋愛することは無理だった。同じ布団にいてもせいぜい手を握るくらいのことしかできなかった。
結局、わたしたちは疎遠になった。毎日のようにLINEのやりとりをしていたけれど、わたしは自分からLINEをやめるからと言って一方的にアカウントを消した。
だけれど、しばらくして、わたしは彼にまた会いたいと思ってしまった。それは恋愛感情からではない。彼がわたしに対して未練を感じているか知りたかったからだ。わたしという存在には、同性に未練を感じさせるだけの魅力がある。と、確認したかった。だから、また、何か適当な理由をつけて(確かその時は借りていた本を返したいからと言って)彼に会いに行った。わたしはあえてそっけない態度で彼に本を返した。その時の彼の表情がどうなるのか見たかった。
彼は無表情だった。
わたしはもう愛されていないことに気づいた。
わたしはぶち壊してしまった。何を? 彼の善意を? 愛情を?
違う。わたしが壊したのは彼ではない。そんなことで彼の精神は壊れない。彼は冷静な人だった。理知に富んでいた。あらゆる結果に覚悟を持つタイプの人だった。わたしなんかが壊せるような人ではなかった。
わたしが壊したものは、自分自身の魂だった。わたしはあのとき、自分に好意を持ってくれた人の善意を踏みにじって楽しむ人間のクズなんだと気付かされた。
もう、手遅れだった。何もかも。
などと、こうして自分の過去をドラマチックに語ることはとても心地がいい。
なんか悲劇のドラマの主人公になったみたいな気分だ。
クソ胸糞が悪い。
わたしは昨日の現場に忘れた帽子を取りに行くことにした。買い直すのも面倒だし、買い直す金もないし、捨ててもいいかとも思ったけれど、やっぱりもったいない。あんなクシャクシャのシルクハットなんて本当はどうでもいいけれど、まあなんといっても700ドルもしたのだ。後で後悔するのも嫌だし。
いつのまにか午後5時になっていた。外は真っ暗で、ウンザリだった。冷蔵庫からエナジードリンクを取り出して、精神安定剤とコンサータを飲む。コンサータは朝に1錠だけと決まっているのだけれど、飲むとシャッキっとした気分になれるような気がするので、つい飲んでしまった。きっと、夜眠れなくなると思う。コンサータはそういう薬だから。
駅まで歩いて電車に乗ってボーイズラブな電子書籍を見ながら大宮駅まで行ってマクドナルドでビッグマックのセットを食べて(全然味がしなかった)それから昨日の現場の18階建のビルの最上階の中華料理屋さんに行って受付の女の人からオンボロシルクハットを受け取ってお礼を言って家に帰ってゴロゴロしてゲームしてやっぱり眠れず現在、午前3時18分。
睡眠薬を飲んで寝ようと思う。今日はいつにも増して不毛な1日だった。ま、いいや。これでいいんだ。後悔なんかするもんか。絶対に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます