木曜日20 純潔と不安

 起きたのは午後1時だった。ものすごく疲れている。今日の夜も、手品のお仕事が入っている。ありがたい。けれど、やっぱり、身体が怠くて、脳が起きることを拒絶している。


 シャワーを浴びる前に、なんとなくオナニーしようと思った。スマホに保存している個人的趣味のエロ画像を見ながら、布団の中でちんちんを擦った。でも、全然勃たなかった。気持ちよくなりたいのに、全然気持ちよくなれなくて、気持ちが悪かった。もう二年くらいオナニーしてもおちんちんが気持ちよくならない。性欲がないわけではないのに。っていうか、そもそもわたしは小学生の頃からオナニーという行為が嫌でたまらず、それなのに毎日オナニーせずにはいられず、こんなに卑猥な行為なことをしてしまう自分を忌み嫌っていたはずなのに!


 自分が去勢をしようと思った理由は、女性化したいとか、おっさんになりたくないとかよりも、純潔になりたい。というのが、一番大きな理由だった。なのに、わたしは今もこうして卑猥なことばかり想像して快楽を感じようとしてしまう。今のわたしは精子も精液も出ない動物の種の保存としての機能を持たない生物になった。にも関わらず、生殖行為の準備としての儀式を辞められないでいる。いったいどうしてなんだろう?


 わたしは気持ちよくなることを諦めて、布団から出 てシャワーを浴びる。ムダ毛は昨日剃ったばかりだから全然伸びてない。それでもカミソリを当てて、スッスッと下から上に動かして行く。儀式のように。全く無駄で、意味のない行為だと知っていながら。


 今日の依頼先は四年前にわたしが大宮駅で、チャイナドレスを着てストリートマジックをしていた時に出会った人たちだった。その時のわたしはオカマバーを三日で辞めて、お金もなくてどうしたらいいか分からなかった時だった。そんな時に、彼らが奇矯な格好をして手品をしているわたしのマジックに純粋に興味を持ってくれて、みんながチップを入れてくれたのだ。それからそのうちの一人のSさんが、企業の催しの際に呼んでくれるようになった。


 わたしはこの世界が嫌いなのに、人に優しくされてしまうと、世界に対する憎しみが薄れてしまって、不安になる。不安を忘れると、自分という人間が消えてしまうような感覚に襲われて、他人の優しさに触れることが怖くなってしまう。嬉しいはずなのに。


 今日のパフォーマンスは自由に好きなようにやって欲しいと言われている。主催のSさんが出演待機の時に、控え所にビール瓶を持って来てくれる。飲んでください。と、言ってくれた。それで、演技終わったら一緒にビンゴしながら食事を食べてください。と、言われた。


 演技を終えてビンゴゲームもさせてもらって、三三七拍子で締めの挨拶。そのあとギャラをもらって領収書を渡して帰ろうとした。そしたら呼び止められて、その場にいた一番偉い人に壇上に呼ばれて、主催のSさんがみんなから事前に集めてくれていたチップを渡してくれて、みんなからすごい拍手をもらって、幸せで、ハッピーで、好き。大好き。愛してる。と、感じて。でも、苦しい。みんなの優しさと愛が苦しい。壊れてしまいそうだ。みんなを愛したいのに、愛せない。どうして!


 帰り際にわたしを呼んでくれた主催のSさんにお礼をいう。


 あのときひとりぼっちで路上で手品してたわたしに声をかけてくれてありがとうわたしを忘れないでくれてありがとう喜んでくれてありがとう奥様にもよろしくお伝えください息子さんにもまたマジック見てもらいたいからまた呼んでください本当に嬉しいですありがとうみんな大好きですほんとうにありがとう。


《うそつき》

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