薄明

仙崎愁

1章 夕焼け

第1話 wandering

 街角のポスターを見て、僕ははじめて涙を流した。まったく忘れてしまっていた記憶が、押しよせる波のように蘇ってくる。ついに、ゆうはここまで来たのだ。


 次の小説の打ちあわせをしていたが、予想以上にはやく終わってしまい、僕は持てあましていた。ふらふらと当てもなく、積み重なった木の葉を踏みしめながら歩いていた。


 僕はふらりと上野公園に流れた。かつて絵を描いていたとき、よく来たからだろうか。ここへ来れば、むかしのようになにか得られるかもしれない。なにも持っていないいまの僕は、そういう刺激を求めていたのだろう。


 家族づれが手をつないで幸せそうに歩いている。ため息をつき、横目に見ながら、都立美術館へ向かおうとした。なんの展覧会が開かれているのか知らないが、なにかしら興味深いもの、得がたいものがあるはずだ。


 そこであのポスターを見つけたのだ。これは祐が、神奈川の佐島さじまで撮った写真だ。月が海に引く光の道、空には彩雲さいうんが浮いている。


 ポスターに張りついた。場所はここからそう遠くない。急いで駅に戻り、電車に飛びこんだ。

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