第三章 お出かけ編

第三章 本編

第一話「幸せというのは盗み食いされるものらしいのです」

 エリーから、初めてのお出かけのお誘いを頂戴してしまいました!


 お遣いの兵士見習いさんが届けて下さった、公文書のようなお手紙を乙女変換致しますと、四日後のエリーの休日、正午前にお迎えに来て下さるので、まずは街中まちなかのお店でお昼をご一緒し、その後郊外の冬木立の中を、肩を並べてそぞろ歩きでもしませんか? との内容です。


 了承致しました。わたくしたち二人でのお出かけは、ちょっぴり人目に立ちつつ、ですが人目を忍びつつ――ということなのですね!


 なかなか理に叶った計画だと思います。エリーとわたくしの交際が虚偽ではないのだと、人様に目撃してもらうのは重要かもしれませんけれど、始終それでは疲れてしまいますものね。途中から郊外へ出ることで、偽装がばれないようにという実状を隠しつつ、


「まあエリオール様ったら、静かな場所で恋人と二人きりになりたいのね!」

 という、逢引きらしい信憑性を演出できるというものでございましょう。

 できることならこの場でお返事を――と急かされましたので、



『喜んでお受け致します。たいへん楽しみにしております。

 四日後のお約束の日、お天気に恵まれますよう、神様女神様にお願いしておきます。

 愛を込めて。サヴィローネ


 追伸。昨日ブリジエットお義姉様にお教えしながら二人でお菓子を焼きました。今日、明日が食べ頃でございますのでお早めに』



 という、ごく簡単ではございますが、脇から覗かれましても平気なように粉飾を施したお手紙を、きつね色の焼き菓子を添えて言付かって頂きました。お腹をぐうと鳴らしてらっしゃいましたので、お遣いの兵士見習いさんにもよろしければと一つまみ。


 そちらとは大きく差をつけて、エリー宛ての分は気合いの入った可愛い包みにしておきましたので、王宮の方々も、それが娯楽誌の記事に載るまでした、エリーの噂の恋人からの差し入れと、おそらく気付いて下さることでしょう。多くの方に見つかって、冷やかされて下さると上々です。



 なんてエリーと周囲の方々に、悪戯を仕掛けてしまったような気分になりまして、一人浮かれながらふと思ったのですが、ひょっとしてあの短いお手紙が、わたくしが殿方に差し上げた、生涯初の恋文というものになるのでしょうか……? きゃあっ!


 エリーとの初めて、は、わたくしにとって未知の体験ばかりですから、もはやどんなことでも一大事です。エリーからのお手紙も、殿方から頂いたおふみの記念すべき第一号として、綺麗に大事に保管しておかなければなりません。



*****



 そんなこんなで、待ちに待っておりましたお出かけの、当日です。

 日頃の信心の賜物でしょうか、お空は綺麗に晴れてくれました!


 初冬ですので暖かく重ね着を致しまして、柔らかな革製の編み上げ長靴ブーツを履き、手巾ハンカチやお化粧小物を入れました小型の鞄を腰に下げ、お揃いの帽子と手袋を携えましてわくわく待っておりますと、エリーは、この後の予定を考慮して、辻馬車でお見えになりました。


 にこにことお見送り下さる母様とお義姉様――父様と兄様はお仕事中です――に、わざわざ、

「日暮れ前に、必ずサヴィをお帰しします」

 とお断りして下さるところ、いつもながらエリーは、四角四面できっちりとしていらっしゃいます。


 帽子と手袋を身に着けまして、今日も立派にエスコートして下さるエリーと二人、辻馬車に乗り込みまして、いざ、出発です!



*****



「エリー、今日はいいお天気になって良かったですね」

 辻馬車の座席に横並びに掛けまして、富貴街から商業区へと向かいながら、もうすっかりと上機嫌なわたくしは、いそいそとエリーに話しかけました。


「ああ。いささか肌寒いが、良く晴れている」

 車窓からの光を浴びられた、エリーは少し眩しげです。藍色の目が細められ、我が家の客間の長椅子よりも、近い距離からこちらを眺めてらっしゃいました。


「郊外をお散歩するのですもの、少々肌寒いくらいがちょうどよろしいかもしれません。たくさん歩いても疲れませんように、わたくし、今日は足が痛くならない靴を履いて参りました」


 揃えた長靴の踵で辻馬車の床をとんとんとしながら、わたくしが本日のお出かけに掛ける意気込みを語りますと、白い歯を零されたエリーの瞳が完全になくなりました。まあ……!

 稀少なものを拝見しました。めったに笑わないと評判の騎士様は、このように破顔一笑なさるのですね、素敵……! なんて甘やかなお顔をなさるのでしょう……!


「張り切っている」

「もちろんです。楽しみにしておりますって、お返事申し上げましたでしょう? 郊外へ連れ出して頂くのは、久しぶりですもの嬉しくって」

「返事をもらって、楽しみにしていた、自分も。そう喜んでくれると誘った甲斐がある」


 そこで何かを思い付かれたご様子のエリーは、改まってこうおっしゃられました。


「そうだサヴィ、返事と併せて結構なものを」

「結構だなんて大げさです。エリーのお口に合いましたでしょうか?」

「合った。みなからもごちそうさまと伝言だ」

「みなさま?」


「軍の単身官舎は男所帯だから、自分には一つあれば十分だろうと、二番隊の仲間にかっぱらっていかれた。幸せというのは分けるもの、なのだと」

「まあ、そんなことに……!」


 故意に注目を引けますようにと飾り立てまして、エリーに差し上げた焼き菓子ではありましたけれど、これは予想を超える結果なのでした。あのきらきらしい近衛二番隊の騎士様方が、そのようなお子様染みた真似をなさるなんて! ということに、二重三重にびっくりなのです。


「驚きました。単身官舎にお住まいでいらしても、特に貴族のおいえの方ですと、お決まりのお相手がいらっしゃることもおありでしょうに。それにみなさま、いずれ劣らぬ花形騎士様なのですから、特定の方がおられなくても贔屓の女性から、差し入れされるということはないのですか?」


「むしろそういった身上の先輩たちが、珍しがっていち早く掠め取っていく。ご自身の許婚や恋人は、料理などすることがないからと。あと、官舎の規則によって、不明瞭な関係にある人間からの金品受領は禁止だ」


「不明瞭な関係……」

「サヴィはそれには該当しない。頂戴した菓子は、自分が送った遣いを介して届けてもらった品でもあるし」


 わたくしはエリーの、先行き不明瞭な暫定恋人に過ぎませんけれど、表向きには正式な手順を踏んだ交際相手ですものね。女性関係でお悩み中のエリーのために、公認して頂いているというならば、それに越したことはありません。


「なかなか厳しいのですね。……あっ!」

「うん?」


「そうでした、わたくし、その規則というのをまるで存じ上げなくて、お遣いの兵士見習いさんにも同じお菓子を三つばかり差し上げてしまったのですけれど、お咎めになられなかったでしょうか?」


「いや。菓子のような消え物を、遣いの駄賃にもらったくらいは問題視されないが、三つ……。自分に何の報告も無く、自分より多く、隠し食いしたな、あいつめ……!」


 エリーは甘いものがお好きなのでしょうか? なんだか口惜しそうにそうぼやかれましたので、


「またお作りしますから。次回のエリーのご来訪に合わせて、今度はわたくし一人で。エリーに贈ってもらったお揃いのカップに、とっておきのファラン産の紅茶も淹れますので、我が家でゆっくりお召し上がりになっていって下さいな。たいしたものではございませんが、お仲間のみなさまにおすそ分けできますように、お土産も籠いっぱいにご用意致しますね」


 と、お約束かたがたお宥めをしたのでした。

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