第三話「もてもてな騎士様は制服姿でお越しです」

 八つ当たりだなんてひどいおっしゃりようです!


 兄様にはご自身に、まるで悪いところがなかったとでもお思いなのでしょうか?

 ぷりぷりしながらわたくしは、一旦自室に戻りまして、身だしなみとお化粧を整え直したのでした。

 お義姉様ほどではないですが、鏡の中のわたくしは、偽装ですが交際中の殿方の突然のご来訪! という状況に直面して、ほんのりと上気しているようです。


 先月からの関係とはいえ、交際をお受けしてからエリオール様にお会いするのはそういえば初めてです。

 エリオール様は王太子殿下の外遊のお供で国外に出ていらっしゃいましたし――ご出発とお戻りの行進を、仲良しのお友達のお宅で集まらせて頂いて、わくわくと見物はしましたけれど――、その後の彼のお休みと、わたくしの先約とが、悪い具合にかち合っていましたので。



*****



「サヴィローネです、失礼致します」

 と一声お掛けして、エリオール様をお待たせしていた客間に入ったわたくしは、思いもよらないお姿にその場で立ち止まってしまったのでした。


 制、服……!!


 わたくしを迎え、硬い面もちをして長椅子からすっくりと立ち上がられたエリオール様は、そのきらきらしさに目がちかちかとするような、近衛騎士の白い制服姿であられました。


 え、その恐ろしく目立つ格好で我が家にお越しになられたの!? だとか、それではまさかお仕事を抜け出して来られたの? だとか、ああもとから秀でたご容姿なのに平服の時の三割増しっ……! だとか……!! ぐるぐるぐらぐらとなっているわたくしの傍まで颯爽とやって来られると、エリオール様はわたくしの手を取り上げて、そこに接吻をなさるという、宮廷式の挨拶をやってのけて下さいました。わたくし、気分は今、お姫様っ!



「お邪魔をさせてもらっている、サヴィ」

「お……待たせをしてしまって……、エリー」

 これまであまり親しくしてこなかったわたくしたちですが、実は昔から愛称で呼び合う仲ではあります。ただ単に、初顔合わせの時、これが三女のサヴィで、友人の息子のエリーだと、わたくしの父様から互いをそう紹介されたからですけれど。


「さほど。約束無しで伺ったのだし」

 エリオール様――エリーは、わたくしにそう答え、長椅子まで短いエスコートをして下さいました。こういうことはさらりと、てらいもなくなさってしまえるのですもの。さすがは騎士様。お姫様気分続行です。

 て――、え? どうしてわたくしの前に跪かれるの!? 自分よりもずっと立派な体格の、五歳も年上の騎士様に、下からわんこのように見上げられているとか、落ち着きません!


 それにしても、間近で向かい合わせてみれば、ますますエリーの格好よさが見て取れます。涼やかな藍色の目、高く通った鼻梁、清潔感のある引き締まったお口元。くっきりとした眉は凛々しく上がり、濃褐色の髪は視界の邪魔をしないようにと短くされていて、日々鍛えておいでのお身体は、上背と肩幅があり男らしく逞しく、お堅い騎士様といった印象です。


 そのような外見に加えてエリーは、民間募集の兵士見習いの身の上から、近衛二番隊に抜擢されるだけの技量と気力を兼ね備え、王太子殿下の側近に見合ったお人柄だと保証されてもいらっしゃるわけですから、それはおもてになります。確実にもてます。もてもてです。



「あの、エリー」

 そんなエリーですが、兄様の呼び出しに応じて、わたくしをお訪ね下さったはよいものの、何をどう切り出せばよいものか考えあぐねていらっしゃるご様子でした。

 なのでこちらから、口を切って差し上げることに致しました。お話しすべきことは見当がついていましたので。


「エリー、今日、お義姉様にお連れ頂いたお茶会で、ケーデュクス侯爵家のお嬢様にお会いしたのですけれど――」

「イデライード嬢とは、何も!!」

「わかっています。高位貴族のお嬢様から、迫られてお困りでしたのでしょう?」


 イデライード様のイの音を上げもしないうちに、食い込み気味に強く否定をされたので、お察ししていた通りに先回りして差し上げると、エリーは青ざめたお顔色でこくこくと頷かれたのでした。


 ああ、やはり……と思いました。

 騎士の叙勲を受けてらっしゃるとはいえ、平民出身のエリーにとって、貴族女性はお袖になさりにくいもの。とりわけケーデュクス侯爵家といえば、軍部に籍を置かれる御方の多い、有名な武官の御家柄でございます。身近なところにしがらみもあり、相当参ってらっしゃったのでしょう。


「イデライード様はもちろんのこと、エリーはいずれのお嬢様、ましてや人様の奥様と、何があるわけでもないのだと、わたくしには伝わっていますから。誤解なんてしていませんので、どうかご安心をなさって下さい」


 そうなのです。エリーにそういう御方がおいでになるならば、そもそもわたくし如きと浮き名を立てられる必要なんてございません。お心にお定めになられたお嬢様と、ご交際なりご婚約なり、いっそ一息にご結婚なりを、さっさとなさってしまえば万事解決すると思うのです。


「しかしサヴィに迷惑を。すまない。不快な思いをしなかっただろうか?」


「不快と申しますか、兄様がお義姉様にお口止めをなさっていたせいで、いきなり詰め寄られてすごく驚きましたし、みなさまのお目が怖かったです。

 ですがお義姉様がお味方でいて下さいましたし、そのお義姉様のお友達の、お上品な方々がなさることですもの。わたくしがぶつけられて参りましたのは、人気騎士様の交際相手に対する好奇心と、お可愛らしいやっかみだけ。ふふふ……。エリーに慰めてもらえるのでしたら、少しくらい苛められてきたってよかったかもしれません」


「サヴィ」

 嗜めるようにエリーの眉が寄せられました。険しいお顔の似合うお顔立ちではありますが、それだけではもったいない気がします。僅かでも頬をゆるめて下されば、きっと、もっと、ずっと……素敵なのでしょう。


「なんて冗談です。ねえエリー、あなたが暫定恋人にされたサヴィローネは、これしきのことでしたら、軽口にしてぽんぽんと叩けてしまえるくらいには強かなのです。なので、堅苦しく謝って下さるよりも、それもこれも、おもてになる騎士様とお付き合いをしている醍醐味と、笑って流してしまえますように、わたくしと一緒に楽しい思い出作りをなさって下さいな」


 あなたに本物の春が訪れた暁には、ああ楽しかったです、どうかお幸せに――と、笑顔でお別れできますように……。エリーの笑顔、の方は、見せて頂けるものかどうかわかりませんけれど。


「人を楽しませるのは、苦手だ。サヴィの期待に添える自信がない」

 エリーは気真面目に、困惑されたようにそうおっしゃいました。そんな弱気を出された彼が、何だかとても可愛らしく思えまして、わたくしは笑みを零しながら、首を左右に振りました。


「一緒にです、エリー。エリーとわたくし、二人で一緒に。二人で一緒にするだけで、一人ぼっちでするよりも、ずっとずうっと楽しいことはきっといっぱい見つかります」


「君がそう言ってくれるなら努力しよう。……それはいいが、暫定恋人?」


「だってわたくしたち、恋人ですって、きっぱりと言い切れるような仲ではないでしょう? 勝手を致しましたが、今日お会いしてきた方々には、エリーとわたくしは、友誼を持っております親同士が決めました縁談なので、これからゆっくり育んでゆくつもりですって申し上げて参りました。

 父様を介してのお知り合いだったのは事実ですし、親の意向を口実にしたのはよい判断だったと、お義姉様もお褒め下さっています。イデライード様や他の方々に、エリーのことを穏便に諦めて頂くために、お話を合わせて下さると嬉しいのですけれど……」


「それでサヴィが守られるというのなら、自分は構わない。父母には既に報告しているが、追って手紙を出しておく。ゲイナー・ヘルローの娘御ならば、喜んで推奨すると以前から言われていたので完全な嘘でもない」


「よかった。それではどうかそのように、よろしくお願い致します」

「ああ」

「お話が綺麗に纏まったことですし、エリー、そろそろお席に着いて下さると嬉しいのですけれど……。あの、よろしかったら、お隣に」


 エリーは目礼をされて身を起こし、わたくしの左隣に掛けて下さいました。自分で勧めておいてなんですが、恋人同士の位置関係、といった感じでなんだかどきどき致します。

 騎士様が常に女性の左側を占められるのは、有事の際に右手で剣を抜かれた時、エスコート中の女性を誤って切らないためなのだそう。エリーは今、剣と外衣マントを外してらっしゃいますが、素手でもやっぱりお強そうだとか、今何かあれば、わたくしをお守り下さるのでしょうかとか、そういうのを意識してしまいます。



「このお時間ですとお夕食は、我が家でお招きしているのでしょう? その後は、父様や兄様と遊戯盤遊びでも?」

「いや、食事を頂戴したらすぐにお暇する。今夜の宿直とのいにつくことを条件に、早退を認めてもらってきたから」

「そうなのですか!」


 ああ、それで……! エリーの制服姿に得心がゆきました。わたくしには眼福でしたけれど、そういう訳でしたら喜んでばかりいられません。


「兄様が何と言って寄越したか存じませんが、エリーにはご無理をさせてしまったのですね、ごめんなさい」

「いや、詫びねばならないのは自分の方だから」


「それではお礼を申し上げます。ありがとうございます。今日はエリーとお会いできて、お話ができてよかったですもの。

 ですが今回限りでお願い致します。きりがないかもしれませんし、エリーのお仕事のお邪魔はしたくないですし……。わたくしは先ほど申した通りでもありますので、エリーのお休みの日に、まとめてたっぷり構って下さいな」


「了承した。サヴィの望む通りに」

「はい。それからもう一つわがままを。どうか今からお夕食前まで、夜に備えて仮眠を取っていって下さい。宿直ということは、最低でも明日の朝までお休みになれないのでしょう? 急ぎお部屋を用意させますので」

「一日二日の徹夜は平気だ。そういった訓練もしているし」


 頼もしいお言葉ですが、だからといって、取れる睡眠を取らなくてよい理由だとは思えません。睡眠不足はお身体の大敵ですもの。


「エリーは平気かもしれませんけれど、わたくしの気持ちが平気ではないのです。客室で――というのが大げさでしたら、そこに寝椅子があることですし、せめてこちらで横になっておかれませんか? 刺繍なり読書なりしながらわたくしもここにいて、お時間になったらお起こししますので」

「……それなら」

「ああよかった」


 ほっとするわたくしに、エリーはお膝を突き合わせて、それからこう続けられました。


「君の言葉に甘えて、ありがたく休ませて頂こう。甘えついでに枕を拝借できるだろうか?」

「枕……?」

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