第四話「こちらが最高品質の枕でございます」
何だかおかしな沈黙が流れました。先に目を逸らしたのはエリーの方でした。目どころか顔全体をそっぽ向けて、耳の裏まで真っ赤になってらっしゃいます。どうしましょう!
「あ、いや、図々しかった……! すまない、今の発言は忘れて欲しい」
「そっ、そんなことはありません。わたくしの方こそ、ごめんなさい気が利かなくって。先にお休みになっていて下さい、大至急で調達して参ります」
「は? 調達――、ではなく……、サヴィ!!」
ご遠慮がちなエリーを客間にお残しして、わたくしは勇んで廊下に飛び出しました。
ですよ、ですよ、そうですよ! わたくしとしたことが駄目駄目です。しっかり休んで頂くためには、快適な睡眠をお約束する、最高に素敵な枕をお持ちしないと!
さて、枕、といえばわたくしには、たいへん良いお品の心当たりがございます。余分があるかと思いますので、取り急ぎ譲ってもらいに参りましょう。
*****
「お邪魔致します、兄様」
と、勢い込んで兄様の私室を突撃致しますと、わたくしの不肖の兄様は、お行儀悪くお足を投げ出された長椅子の上で、そこにお掛けになられたお義姉様の、柔らかなお膝に頭をお預けになって、でれでれとお耳掃除をしてもらっている真っ最中。あらまたお熱うございますねという、至福の時間であられました。
「ほんっと邪魔だから、お前」
「そんなことないわ、どうしたの? サヴィ」
お優しいお義姉様は、わたくしにそう言って下さって、耳かきを動かすお手をそっとお止めになられましたが、ご機嫌斜めの兄様は、ふてぶてしくごろりと横になられたままでらっしゃいます。わたくしはそんなお二人に向け、ドレスを摘まんで簡単にお辞儀をしたのでした。
「お義姉様、ご一緒なさっているとはつゆ知らず、不躾を致しました。兄様、お願いがあるのですが、近日売り出し予定の新作枕の見本品、お一つ頂戴してもよろしいでしょうか?」
「は? 枕? 何で枕? エリーと面会していて何で枕?」
「そのエリオール様が、今夜王宮にお戻りになられてから、宿直に付かれるとのことなので、お夕食までの時間、客間の寝椅子で仮眠を取って頂こうかと思いまして。そうしたら枕を借りたいとおっしゃったものですから」
「まあっ!」
とお義姉様は、黄色い声をお上げになり、兄様はというと、ぶほっと派手に吹き出されました。
「兄様、汚いです」
「誰のせいだっ、誰のっ……! なるほどな……、エリーの要望が俺にはわかった。リジーにも正確に伝わった。が、肝心のお前が何でそうなるんだ!?」
「何でって、身体が資本の騎士様ですもの、僅かな時間でも上質な睡眠をお取りになって頂きたいからです。それにお品をお気に召して下されば、お話が巡り巡って、騎士様の官舎やご実家の旅荘で、ご採用になって下さるかもしれないでしょう?」
大真面目なわたくしの力説に、兄様は珍妙なお顔をされた後、お義姉様のお膝にしがみついて、ひーひーと苦しげにお腹を抱えられました。どうしてでしょう?
「いいわ、面白いから、持ってけ。あいつ専用にして貸してやれ。エリーに感想絶対聞いとけよ」
「ご使用感の調査ですね、わかりました」
「あー……、うん、そんなもんだ。必ず俺に報告を上げるように。それが条件」
「はい。では、商品開発室の倉庫から、勝手に頂いて参ります」
笑い転げて涙を零した兄様に、ご快諾を頂戴しましたので、邪魔者のわたくしは、善は急げとばかりお二人の前から辞することに致しました。
「サヴィ、あいつ、あいつ……、この状況に飛び込んできて、何で意味がわからんかね?」
兄様がお義姉様に向けて、何やらわたくしの悪口をほざいてらっしゃったようですが気にしません。わたくしだって、兄様たちのような仲睦まじいご夫婦間では、そういう枕も大いにありですよね! わたくしもいつか旦那様に! とか、内心きゃーっとなっておりましたよ。
ですが、エリーのような堅物騎士様が、真剣なお付き合いをしているのならともかくとして、偽装交際中のわたくしに、そんなふしだらなお願い事をされるわけないじゃありませんか。
さあ、早いとこ枕を手に入れて、エリーがお待ち兼ねでいらっしゃる客間に帰りましょう。ちょっと良いことを思い付きましたので、そのお道具も持参して。
*****
わたくしが客間に戻りますと、エリーは、応接用の長椅子から壁際の寝椅子に移り、右側だけにある肘掛けにゆったりと背をもたせかけ、長い手足を腕組み足組みされた体勢で、瞳を閉じて休息中でいらっしゃいました。
わたくしが入室しますとすぐにお気づきになって、居住まいを正されたのはさすがです。
両手に溢れる荷物となりましたので、運ぶお手伝いを頼んだ小間使いを下がらせてから、わたくしは枕を抱いてエリーの前に立ちました。
「エリー、枕と一緒に、上掛けもお持ちしました。制服の詰襟、窮屈ではありません? 上着だけお脱ぎになられるか、襟元を緩められるかなさったらいかがですか?」
「いや、しかし、サヴィと一つ部屋に二人でいて、自分の服でも乱すわけには」
ほらね、やっぱり、エリーは騎士様らしい品位をお持ちでらっしゃる殿方です。あなたがお求めの枕というのは、ひょっとしてわたくしの膝枕ですか? ――と、冗談でもお伺いするなんて失礼というものでしょう。
「大丈夫ですよ。家の者は、みなエリーが紳士でいらっしゃることは存じ上げておりますし、客間の扉は全開にしておきますから。ついでに申し上げますと、わたくし、大声にはそこそこ自信がございます」
そう申し上げて、にこっと笑って差し上げると、エリーは、
「では」
と短くお答えになられて、片手で制服の襟元を開けられました。どきどきどき。
普段かっちりとなさっておいでの騎士様の、意外に粗雑でいらしたその仕草も、緩く着崩されたそのお姿も、何というのでしょうか……、色っぽい、です。
「そしてこちらが、テベレテ産白
「……ああ」
謳い文句に乗せながら、わたくしがずいと差し出しました枕を、エリーは両手でお受け取りになられました。それから一体どうしたものかと、わたくしと枕とをお見比べになられたので、わたくしは長椅子の背に乗せていました上掛けを取り上げて、
「どうぞ、お楽な姿勢でお休みに。お足もそのまま伸ばされて結構ですので」
と促したのでした。
ぽすんと枕に上体を沈めて、寝椅子の上で寛がれたエリーに、上掛けを掛けて差し上げます。わたくしでしたら、余裕で寝転んでしまえる大きさの寝椅子ですが、まあ! エリーの高いお背丈ですと、座面からお足の先がずいぶんとはみ出してしまうのですね!
こういった発見は新鮮で、それからわたくしは、一男三女の末っ子であり、世に言うお嬢様の端くれです。周囲にお世話を焼かれることは多々あれど、誰かのお世話をして差し上げることは稀ですから、こんなささやかな行為でも、ついつい心が浮き立ってしまいます。
「いかがですか? 寝心地は?」
「悪くない」
「そうですか。兄様曰く、そちらの枕はエリー専用にしてお貸ししていいとのことですから、もしもお目覚めの後、違和感があるようでしたら、羽毛の量を調整しますのでおっしゃって下さいな。
あとですね、今日は急でしたので間に合いませんでしたけれど、わたくしその枕に被せるカバーに、エリーの頭文字を図案化した刺繍を施したいと思っております。上手にできるかどうかわかりませんけれど、そういう乙女らしいことというのを、ぜひともやってみたくって……、構いませんか?」
「喜んで」
あら? エリー、今微かにですけれど、お笑いになられませんでした?
よろしいのですか? そんな貴重なお顔で、色
「まあ、嬉しい……! それではさっそく今から取り掛かります! エリーは、ぐっすりとお眠りになっていて下さいな」
視線を横に動かせば、エリーのご様子が確かめられます位置に腰を据えて、わたくしはいそいそと刺繍の準備を始めたのでした。
今お召しになっている、近衛騎士の制服のお色に合わせる感じで、白地に糸は紺と金とにしましょうか。装飾は、そうですね、文字に蔦模様を絡めて大人っぽく……。ああ、何てわくわくするのでしょう!
「ああそうでした。兄様が、そちらの枕について、エリーのご感想を頂戴したいとのことなのですけれど」
ふとそれを思い出して振り向きますと、こちらを眺めておいでだったエリーと、目線がばっちり合いました。何故っ?
「トゥーリが?」
「え、ええ……」
わたくしが、思いがけず見入られていたことに面映ゆくなっておりますと、エリーもまた、気恥ずかしさをごまかされるようにして、掴んだ枕の端を持ち上げて表情を隠されたのでした。
「今の自分には、丁度いい。楽しい思い出を運んでくれる、これは、これで、良い枕だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます