第8話
ユウだろうか?
思わず身を起こしたものの、いや、と思い直す。
もしユウだとしたら、こんなにも、重いものを引きずっているかのようにゆっくりと歩くだろうか。
「……」
椅子に座り直して、耳をすます。足音はまだ階下にいた。
やがて、ユウではない誰かの、呻くような声が聞こえてきた。
「いねえ。どこにもいねえじゃねえかよ……」
その地獄から響くかのような恐ろしい声に、ビクッと体が跳ねた。声はブツブツと何事か、一人で喋り続けていた。
お化け屋敷、というユウの言葉が頭をよぎる。
「ったく……だから家ん中は嫌いなんだよ。倉庫とか牢屋じゃダメなのかよ……もっとこうシンプルに、ちゃちゃっと、魚さばくみたいにさ……なあ、リサ?」
リサと呼びかけていたが、それに答える声は聞こえてこない。足音も一つきりだ。私は無意識に、両手で口を塞いでいた。そうしないと呼吸の音が、声の主まで聞こえてしまいそうに思えた。
下で、バン! と荒々しくドアを開く音がした。
キッチンかダイニングに入ったのだろう、あちこち探し回る音が聞こえてくる。
「連中、家の中でやる方が受けがいいつって、毎度毎度面倒なことさせやがる。ふざけんな……むごい人殺しが見たいって、自分は安全なとこにいるくせに、何が楽しいんだか俺にはさっぱりだよ。自分の手ぇ汚す度胸もないくせに。人に注文ばっかつけて、人として恥ずかしくねえのかよ、っと……!」
その声のすぐ後、ガシャアッ! と何かが崩れる音がし、思わず一瞬目を瞑る。しばらく、何かを探すようにそこらじゅうの物を手当たり次第荒らす音が聞こえてきたが、やがて、それもピタリと止んだ。
次に足音が聞こえてきたのは、階段の方からだった。
ギィ。
一足進むたび、板の軋む音が響く。
「っ……」
立ち上がり、辺りを見回した。
逃げた方が、いいのかな。
ギィ。
でも、どこに?
それに逃げたとして、一体、誰が助けてくれる?
その時耳元に、ばくばくと鳴る心臓の音と共に、夢で聞いたあの声がした。
『誰も、助けてくれないぞ』
それを聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
「あ……」
泣きたいわけでもないのに、涙が一筋頬を伝った。
私は再び、同じ椅子に座り直した。
そうか。いつも同じだ。いつだって、私は。
階段の足音は、もうすぐそこまで近づいていた。
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