第7話



 今朝目が覚めたとき、カレンダーの日付がまた何日か飛んでいたけれど、ユウは特に何も言わなかった。だから私も特になんとも思わず、いつものように朝ご飯を食べて、部屋でぼうっと外を眺めていると、いつものコートに身を包んだユウが「外に出ようか」と言ってきた。

「朝から?」

「朝はだめかな?」

「安くならないんでしょう?」

 そう言うと、ユウは一瞬きょとんとしたが、すぐにふふっと笑った。

「まあね。でも、今日は、買い物じゃないから」


 バスを乗り継いで連れてこられた先は、街から少し離れた森の入り口だった。着いた頃には、太陽は真上に登っていた。

「ここから少し歩くけど、大丈夫?」

「多分」

「疲れたら言ってね。おぶったげる」

「ありがとう」

 そのまま自分の足で歩いて、たどり着いたのは、古びた石造りの洋館だった。壁一面に蔦が這い、窓ガラスという窓ガラスには汚れてくすんだカーテンが引かれている。不意に冷たい北風が吹いて、枯葉と髪の毛が舞い上がる。

「ここ、は……?」

「うーん。お化け屋敷、かな」

「お化け屋敷?」

「元々は、どこかのお金持ちの別荘だったらしいよ。でも、景気が悪くなったせいですぐ手放されて、別の買い手がついたはいいけど管理が疎かで、こんなになっちゃったんだって」

「今は誰が管理してるの?」

「怖い人。お化け屋敷だからね」

 そう言ってユウがすたすたと洋館の方に歩いて行こうとするので、思わず袖を掴んだ。

「ん?」

「あの……」

「なあに」

 その「なあに」には、どこか有無を言わせない迫力があった。私は口の中でもごもご言ったけれど、結局、諦めた。

「私は、どうしたらいい?」

「もちろん、一緒に来るんだよ」

「そういうものなの?」

 ユウは振り返り、寂しげに目を細めた。

 また風が吹いて、枯れた木々がざわめく。

「今は、そういうものだってことにしておいて」


 洋館の中はひどく空気が淀んで、荒れていた。床はほとんど枯葉や土で汚れていて、せっかく集めたであろう高級そうな家具も、無残に泥と埃に塗れていた。玄関には一応靴を脱ぐ場所もあったけれど、私たちは二人とも土足で入った。足元は暗くて見えづらかったけれど、目が慣れると、どうにか手探りで移動できるくらいにはなる。

 大広間に出ると、階段を登って二階へ進む。何室か並んだ寝室の中の、ちょうど中間の部屋のドアの前で、ユウは言った。

「リアちゃんは、この部屋の中で待っていて」

「ユウは?」

「僕のことは気にしないで」

 私は今度こそ、彼の袖をきつく掴んだ。

「どうしたの。珍しく必死だね」

「だって……ユウがいないと、家に帰れない」

「大丈夫」

 次の瞬間、ふわっ、と暖かいものに全身が包まれた。数秒の後、気づく。ユウが私を抱きしめたのだと。

 驚いて息ができない私の耳元に、彼は一言囁いて、体を離す。

「……大丈夫だね?」

 私は頷いた。頷くことしかできなかった。


 部屋に入ると、そこは二人用の寝室のようだった。ベッドは破れてスプリングや金具がむき出しになり、床は歩くたび、音を立てて軋む。枕の残骸のようなものがあちらこちらに散らばっていて、壁にかかっている絵画はすべて赤や黒に黴び、元が何の絵で、何色の絵の具が使われていたのかまるでわからない。

「……」

 窓辺に、古めかしい書き物机と、少し歪に傾いた椅子があった。椅子はまだ座れそうだったので、軽く埃を払い、ハンカチを敷いて座った。カーテンを少しずらして窓から外を眺めると、丘の上にあるせいか、遠くに私たちの住む家のある街が見えた。

 廃墟の窓から青空を見ていると、静けさになぜだかひどく心が安らいで、ついうたた寝をしてしまった。目が覚めると、すっかり夜になっていた。

「あ……」

 ちょうどその時だった。

 風が森を通り過ぎる音に紛れて、玄関の扉が開く音が聞こえたのは。

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