第11話
瞬間、私は「ああ、だめだ」と悟った。
この獣のように鋭い勘を持った男は、こんなにもチェーンソウの音がうるさい中でも、ちゃんと私の気配を察している。私がテーブルの下に隠れていることが、奴には、ダイニングに足を踏み入れたその瞬間にわかったに違いない。私はわけもなくそう思った。けれど、それはほとんど確信だった。それが証拠に、男は「ふ、ふふ」と嬉しそうに笑いながらチェーンソウのエンジンを止め、語り始めたのだ。
「
かつ、かつ、と男のブーツの音が聞こえてくる。近づいてはこない。しばらく経って、気がついた。彼は追い詰めた獲物を嬲るように、テーブルの周りをぐるぐると回っているのだ。
「俺の父さんさ……食卓に臓器の見本を置くんだぜ。母さんの料理の横に。毎食毎食、人間の内臓食ってるみたいだった」
「あ……」
恐怖に、知らず声が出ていた。包丁を持っていない方の手で口を抑えたが、ガタガタと歯が震え、音が止まらない。その震えはやがて全身に広がった。
男はなおも話し続けている。
「団欒って……ほんとはあったかいもんなんだろ? テレビで見たよ。なぁ。お前が育った家はどうだった? あったかかったか? ま……なわけないか。お前もぶっ壊れてるんだもんな。ちゃーんとあったかけりゃ、そんなんならないよなぁ……」
次の瞬間、木の割れるものすごい音がして、目の前にチェーンソウの刃が現れた。テーブルを上から真っ二つにするかのように彼が狂喜して突き刺した刃が、私の目の前をかすめたのだ。顔に木片が飛び散ってきて、私はついに悲鳴を上げた。
「いや、いや……!」
「あはは、みーっけた」
テーブルの下から飛び出した私は逃げる間もなく襟元を力強く掴まれ、押し倒すように床へ叩きつけられた。背中全体に衝撃が走り、一瞬息ができなくなる。錆びた包丁が手からこぼれ落ち、遠くの方に転がった。
男は私の腕を思い切り踏みつけて動けないようにすると、服を探った。ポケットからマッチ箱を見つけると、子供のような笑顔を浮かべてそこから一本取り出して擦った。その明るさで、男の着ている服が焦げて、腹部が露わになっているのがわかった。そこは真新しい火傷の痕で、ぐちゃぐちゃになっている。それなのに、男はどこまでも飄々としていた。
暗視ゴーグルの奥、炎の輝きに魅せられたようなその瞳が、震える私を見下ろしてくる。
彼は独り言のように呟いた。
「うちには一欠片もなかった団欒の熱を、姉さんがぜーんぶ、持ってった。姉さん、ド派手に火柱んなって、あったかそうだったなぁ……」
マッチの火が顔に近づいてくる。
私が諦めて目を瞑った、そのときだった。
「おい、何の冗談だ」
目を開いた時、視界に飛び込んで来たのは、チェーンソウ男の肩から飛び出たマイナスドライバーの先端だった。血の雫が、ぽた、と私の頬に落ちて来た。
「君の相手は僕だよ、解体屋さん」
ダイニングの入り口の方から、懐中電灯の光と、聞きなれた声が聞こえた。
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