第13話
「なあ、殺し、屋……」
シンは息も絶え絶えになってきていたが、最後の力を振り絞るように尋ねた。
「俺達、は、さ……俺も、姉さんも、食われる側なんかじゃなかったよな……? この世に、生まれて、死ぬまで、ずうーっと、食う側……そうだった、よな……?」
「当たり前だろ」
ユウは素っ気なく言って、わざとらしく肩をすくめる。
「君たちほど厄介な肉食動物は、この僕でさえ、見たことが無かったよ」
それを聞くと、シンは無邪気な子供のように、心の底から満足そうに微笑んだ。不意にその顔を、窓から差し込む月光が照らし、彼は目を細める。
ユウはシンの胸元にナイフを当てた。
「もう、寝る時間だよ」
囁くとシンは顔を歪め、そこにない何かに向かって、空中に必死に右手を伸ばす。その拍子に、手首にきつく巻き付けられていたロザリオの糸が切れて、珠がボロボロと床にこぼれた。
「電気を、消してやらないとさぁ……リサが、眠れないってうるさいからさ……」
「お前の姉さんなら、とっくに眠ってる。だからもう、何も心配することはないんだ」
「あ……そう……」
安堵の息を漏らし、シンは手を下ろすと、ゆっくりと目を閉じた。
「おやすみ、解体屋」
やがて、ユウのナイフが心臓に届く、小さな小さな音がした。
館の外に出ると、遠くの空が薄く紫に変わってきていた。夜明けが近いのだろう。けれど、そんな光景より目を引いたのは、屋敷の周りに倒れ転がるたくさんの背広の男達だった。
「死んではないよ」
私が尋ねる前に、ユウが言う。
「気絶してるだけ」
「こっちの人は、殺さないの?」
「いちいち殺してたら、要らない恨みまで買っちゃうからね」
「ユウがやったの?」
「違うよ」
ふらつく足で家の前まで歩くと、車のタイヤの音が聞こえてきた。その音はどんどん近づいてきて、やがて、私たちの前に黒い軽自動車が止まった。
運転席から出てきたのは、いつかの深紅のドレスの女の人だった。ただ、今はドレスではなく、ジーンズにファーのついたコートという格好だった。
「お疲れ様、二人とも」
「あれ、まだ連絡してないのに。僕が負けてたら、まだここに来るのは危険だったよ?」
「あんなちゃちなチェーンソーバカに負けるわけないでしょ、あんたが」
「エレン……多勢に無勢って知ってる?」
「日本の諺は嫌いなのよ。説教臭くて」
さあ乗って、と言われ、私たちは素直に彼女の車に乗り込んだ。車はUターンして、森を抜け、元いた街の方へと走り出した。
ユウが助手席でエレンと何かを話している間、後部座席にひとり座った私は、そっとポケットに手を入れた。館を出る前に、シンという殺人鬼のつけていたロザリオの十字架の部分を拾って、ポケットに忍ばせていた。私はそれを握り、心の中で祈りを捧げると、目を閉じた。すると、疲れがどっと押し寄せてきて、そのまま、私は眠りに落ちた。それは夢も悪夢もない、ただただ全てを包み込むような、あたたかい眠りだった。
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