第1話



 私・市ノ瀬リアが、私の両親を殺したユウ・F・ブランシェットと名乗る殺し屋とこの部屋で暮らし始めて三日目の朝、殺し屋が「出かけない?」と行ってきた。


「出かける?」

 何も塗らないトーストとコーヒー、という簡素な朝食の席で、私は首をかしげた。

 前にいたマンションから移動したばかりで、この部屋にはあまりものがない。だから色々買い物が必要なのだ、と、凄腕の殺し屋はひどく所帯染みたことを説明してきた。

「この前、闇医者のところでも少し喋ったと思うんだけどね、本当はもっと長く、あのマンションにいるつもりだったわけ。それがあんなに早く狙われるとは、さすがの僕もびっくりだよ。ま、なんやかんやで同業に貸しができたのはありがたいけどさ」

 ミルクを入れたコーヒーをぐるぐるとかき回しながら、ユウはため息をついた。

「まーったく、やんなっちゃうよね、こうも引っ越しが多いとさ。僕は職業柄慣れてるけど、リアちゃんはまだ十四だし、疲れてない?」

「疲れるって?」

「疲れるって言ったら、ほら、そのまあ……まあいいや」

 ごめん、ちょっと眠っていい? と言って、ユウはそのまま食卓に突っ伏してしまった。

「相当、疲れてるんだね」

 コーヒーを一口飲みながら、そう言ってみると、ユウは夢心地に呟いた。

「それがわかってて、君は……疲れるってことがわからないの?」

「わからない。でも見ているぶんには、二択問題のようなものだから」

「二択?」

「『疲れてる?』と聞いて、もし疲れていなかったとしても、疲れていないことで怒る人は、あまりいないよ」

 ユウは、ふふ、と笑った。

「そりゃ、そうだ」

 やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。私は寝室から毛布を取ってきて、かけてあげた。そういうものだと思った。


 結局私たちが街に出たのは、夕方になってからのことだった。

「いやー、ごめんごめん。よく寝た」

 街を歩きながら、すっかり元気になったユウが、伸びをして快活に笑う。

「まさか毛布かけてくれるとは思わなかった。養女どころか嫁にしたいね」

「笑ってていいの?」

「なんで?」

「私が毛布じゃなくてガソリンをかけてたら、死んでたんだよ」

「なんでそう数少ないプラス要素をマイナスに極振りしちゃうかなあ」

 けらけらと面白がるように、相変わらずの笑顔で、ユウはポケットからスマホを取り出した。

「ね、知ってる? 夕方になると『おつとめ品』っていうのが出てくるんだよ」

「おつとめ品?」

「うん、普通より安く売られてる商品だね。それはさ、殺し屋の世界でも同じなんだ」

「へえ」

「あ、わかってないのに頷いたでしょ、今」

「うん」

「ま、いいや」


 さ、行こうか。


 ユウが優しく私の手を引いた。

 夕方の街は帰り道を急ぐ人や、遊びに出る人で賑わっていた。赤い夕日に染まる街をこんなにゆっくりと眺めたのは、本当に久々のことだった。

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