第4話
「アンプル56を用意しておいてくれ」
無機質な白で統括された一室で連絡を取る男はパソコンを操作しながら続ける
「あと、先日捕獲した中に使えそうなものはあったか?」
『全員の細胞を検査しましたがありませんでした』
「そうか。ならば全員ポストへ、以上だ。」
『わかりました。』
おもむろに立った男は廊下へ出ると長い廊下を進む、幾つものガラス窓を通りすぎひときわ大きなドアのセキュリティを解除し中へ入る
「ご苦労様ですチーフ、アンプル56を用意してあります」
「よし、イヴの細胞で実験してみよう」
頷いた職員は白衣を翻し部屋の中央にある培養器に近づいていく円筒の大きな培養器には一人の人間が入れられていた
「成功を祈ろうイヴ‥‥‥」
その声はイヴには届くはずもない。呼吸をやめたそれはただ腐らないように管理されているだけなのだから
「チーフ、イヴの細胞です」
「こちらへ」
受け取ったそれを隣接しているガラス張りの一室へと持っていく、受取口に置くとすでに中で防護服を着て待機している職員が受け取る
『被験者、12歳 男 87658号 アンプル56とイヴ細胞を点滴開始します』
外に拡声されるそれに室内にいる職員全員が注目する 寝かされている少年に何の兆候も訪れない
『バイタル正常 点滴開始から5分経過 異常なし』
「‥‥‥失敗か‥‥‥」
どの職員が発したか小さな落胆に全員が肩を落とす
ガタッ
少年の体が大きく飛び跳ねる
『!!』
ガタガタガタ!
異常なまでに少年の体が痙攣を始める職員がバイタルを確認しようとモニターに近づいた瞬間
『があああぁぁあぁぁ』
目を見開いた少年が咆哮を上げる
『異常発生!バイタル不安定です!』
「すぐに外へ出ろ!」
チーフが叫ぶと防護服を着た職員はあわててドアへ駆け出すも青白い光が走りパチパチと音を上げる
『うあっ!!』
それはスパークをあげて職員に襲い掛かる 雷のように激しくなったそれは無慈悲にも職員を焦がしていく、まだ体を痙攣させている少年の体もぱらぱらと崩れていく
外でそれを見ているしかできない職員達も絶句するしかできない
もうもうと煙に充満されたガラス張りの一室を見つめる やがて警告音とともにアナウンスが流れる
『異常を感知しました。ただちに処置を開始します シークエンス第五へ移行
アンプルを回収しますか?』
「リディア、アンプル回収を頼む」
『了解しました。36時間後ルームを解放します。』
ふうっと大きな溜息を吐きうなだれる
「‥‥‥チーフ、アンプル56は諦めますか?‥‥‥」
「アンプル56の残りは?」
「残り3です。このままでは‥‥‥」
「次はリディアにポストから一番相性のいい者を選ばせてみるか‥‥‥我々とは違った視点からのアプローチを望めるかもしれん」
「リディア、ですか リディアもしょせんはAIですよ?任せてしまっても?」
不安を顔に見せる職員はどこかしこに設置されているカメラを見渡す
「ふっリディアは優秀なAIだよ。
それに────もし残り3を消失してしまった場合、最後の手段にうってでるしか ない、本部に部隊派遣の要請準備をしなければいけないな」
培養器の中へ話かける
「君の息子はまったく扱いにくい‥‥‥それとも君の方かなイヴ」
クククと笑う男の顔には狂気が浮かぶように見えた
「君の娘の細胞はどれほどの力を持っているだろうな?アンプル56が底を着けば娘を使うしかない‥‥‥楽しみだよ」
培養器の中の美しい人の顔をガラス越しになぞる
束の間そうしていると踵を返し研究室を出ていく
「────イヴの娘って‥‥‥コロニーにいるとかってきいたけど、そんなすごい力の持ち主なのか?」
「あなたはここに派遣されてきて日が浅いから知らなくても当然だわ。でもあまりここではその話はしないほうが得策よ?」
「なんで?」
浅く息を吐いて女職員はモニターに向かいなおす、興味津々で聞いてくる新人はこれで何度目だろういい加減、毎回の説明にうんざりしている
「それとも実際はそれほど力がないとか?」
しつこく食い下がる新人に
「──違うわよ‥‥‥イヴの娘は地上のコロニーで暮らしてて何度もここを襲撃してるの───私たちを殺そうとしてるのよ。それに生まれてすぐにここから連れ出されていてどんな能力があるかもわからないの」
「ええっ」
「だから本部支局でも目の上のたん瘤ってわけよ、少なくてもチーフだけがほしがってるサンプル品よ
あなたもここで長い事やっていきたいならチーフのご機嫌をそこねないようにね」
話は終わりだといわんばかりにモニターの電源を落とし資料をもって部屋を出て行ってしまう
「ふ~ん‥‥‥なんだかおっかないとこに配属されちゃったなぁ」
ぽりぽりと頭を掻く
バンッ
「うっ!」
「よお、新人!確か───ええっと」
「けほっけほっ‥‥‥ビスです…」
「おう!そうだったな。ビス君は遠方からの配属だったよな?」
背中を思い切り叩かれてまだむせているビスの前に回った大柄な男が話しかけてくる
「ええ、まぁ‥‥‥僕は構造学を学んできましたから何か役に立てるならと思ってたんですが、どうやらここはちょっと雰囲気が怖いですね」
「正直者だなビス君は────まだ若いから知らないのも仕方ないが、目的っつうか経営理念ってのかは知ってるか?」
肩を組まれずるずると引きずられるように研究室を出ながらも話は続く
「それって、アレですよね?人のため未来のためってやつですよね?」
「表向きはな。人類に生まれつきの能力者が現れたころにここにはもう一つ目的が加わったのさ」
「‥‥‥それって何ですか?」
「新人類の育成だよ」
思わず目を剥く 辺りを見回す誰もいないのを確認してほっと胸をなでおろす
「やめてくださいよ!それは違法でしょう!」
「そりゃそうだ。だがなこんだけ大がかりな施設が地下に埋まってて政府が何も関与してこないってのはおかしいとはおもわないか? 公認なんだよ密かな、な」
「そんな‥‥‥じゃぁさっきのは新薬なんかじゃなかったってことですか?」
「ビス君はかしこいんだろう?俺がここまで言ってやったんだから後はご自分で解明してくれよな」
背筋に冷たいものが流れる、顔面蒼白になったビスを置き去りに大柄な職員は去ってしまった
「‥‥‥あれは人の体から汚染物質をなくす新薬ではなかった‥‥‥」
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