第3話

夕暮れを迎え寒さがじわりと汗をかいた身体を冷やし始める頃になってやっと水汲みを終える

迎えにくると言っていたリードも姿を現さず仕方なく広場までやって来ると何やら騒がしい、背の低い人だかりから覗き込む


「ん?リードか?」

「押すなよ!」

「悪い悪い。」


小さい頭が見上げながら文句を言ってくる


「ありゃ、何してるんだ?」

「捕まえたんだよ、あいつ脱走して外でここの噂を流してたんだ」


まさか、昼にマザーに話したあいつなのかとぎょっとする


「悪い、ちょっと通してくれ」


人垣を押し退けて騒ぎの中心に躍り出る


「……何してる。下がれ!」

「やっぱリードか、その男はどうなるんだ?」


両脇を抱えられた金髪の男はうなだれてはいるもののやはり、あの時のやつに間違いない


「お前には関係ない。」

「関係ない事もないなぁ、俺がマザーにちくったも同然なんだからな」

「……」

「何なのこいつは、新顔?」


片脇を担当している人物がおもむろに会話に割り込むと、フードを剥ぎ取る

リードにそっくりな顔が現れる


「リードが二人……」

「やっだこいつ面白いじゃない!わたしはパール、私はリードの双子の妹よ」

「パール……」

「なるほど双子ね」

「あんたが話してくれたおかげでこいつ捕まえられたよ、サンキュ!大変だったのよーここの噂話を揉み消したりさぁリードもぶちギレちゃって」

「パール、喋りすぎだ……」


リードはパールに釘をさす


「何よ、リードは無口すぎるのよ」


口論を始めかかった二人の間で項垂れる男がいきなりリードとパールの腕を振りほどこうと暴れる、子供たちもわぁわぁと騒ぐ


「暴れるな!」


リードが男の腕をねじあげると苦悶の声をあげて倒れ込むなおもリードが力をこめる


「おいおい、腕が折れちまうぞ、その辺でやめとけよ」

「うるさい!黙っていろ!」


パールはやれやれと肩をあげると、倒れこんだ男に水筒の水をかけると


「リード下がって」


素早く身体を離した瞬間掛けられた水が凍りつく

周囲から歓声があがるたと、それに応えてパールが手を振る


「パール調子に乗りすぎだ……」

「……くっ!俺をどうする気だ……」


氷付けにされ身動きの取れなくなった金髪男がうなる。それを冷ややかに見下ろした双子は無口で広場先の建物を見つめる


「ふむ、かなり賑やかにやっているみたいだね」


声の持ち主に子供達が道を開けると、マザーが進み出てくる


「なんだよ、また高見の見物してたのかよ……好きだねぇ……ぐあっ!!」


リードが思い切り後頭部を殴ってくる、後頭部を鈍器で殴られた様な痛みに悶える


「リード、銃で殴ったらやばいって」

「まじ鈍器かよ!」

「……。」


金髪男を覗きこみマザーが問いかける


「久しぶりだね、フィル。─────ところでどうして君は規約を破ったのかな、こうなることは解っていただろう?」

「……っ!俺は自由なはずだ、そうだろう!?」

「確かに自由だ、ここを出ていくのはね。但しホープの事を口外することだけは禁止しているのはここにいる人間なら誰だって知っている」


ぐうの音も出ないフィルと呼ばれた男はマザーを睨む


「どうしたものか……」


立ちあがり砂地をゆっくりと歩く


「み、見逃してくれ!二度とここの事は口外しない」

「ふむ……」


周囲から冷ややかな視線が男に浴びせられる


「言うなれば君は裏切り者だ、それを信用しろと?」

「そ、それなら、ここで働く!外にも二度と出ないそうすれば話すこともないだろう!?」


フィルの的外れな提案にリードが舌打ちをする。パールも苛立ちを露にしている様子で小刻みに足を踏んでいる


「正直、フィル。君の居場所はすでにここにはない、君の代わりになる人間が昨日ホープに来た」


俺の事か……嫌な感じだ


「お、俺の代わり?」

「だから、君は記憶を失ってもらいここではない場所で自由に生きてくれ」


そういうと、懐からアルミ缶を取り出す


「リード、これを」

「はっ!」


つまみ上げたオレンジ色のカプセルを受け取ったリードがフィルを仰向けにひっくり返す


「い、いやだ!やめろ!!」

「安心していいよ。眼が覚める頃には嫌なことは全部忘れてるからね」


頭を押さえ込むパールと口にカプセルをねじ込むリード

やがて静かになったフィルは意識を失っているようだ


「外に出しておきなさい」


そう言うと場を去るマザーを追いかける


「マザー!」


何度めかの呼びかけにやっとマザーが足を止める、不機嫌そうに振り返ったのには理由があったとはっとして、掴んでいた手を離す


「悪い、あの男はどうなる?」

「どうなるもなにも、自由に生きるだろうね」

「俺もああなるのか?」

「外に出るのは自由だ、だがここでの事を口外すればああなる、それだけだよ」

「……なぁ、ここは砂漠でとても作物が育つ環境に適してるとは思えない何か特別なやり方があるんだろ?回りのやつらにも教えてやれば危険な事は起きないんじゃないか?」

「……。」

「何も独占することはないんじゃないか?」


マザーは柔らかく笑うと


「参ったね、そこまで強欲に見えるかね?いいだろう見せてやる来い」


そういって歩き出すマザーについていく

重たい鉄扉を鍵で開けると、暗闇に浮かぶ地下階段を降りていく

下からはひんやりとした空気が流れてきている


「地下があるとはね……」


薄暗い廊下を進んでいくとまた扉を鍵で開ける

開け放った扉の隙間から光か漏れている


「ここがホープがホープたる由縁がある場所だよ」


促されるままに中へ入る


「……!!」


だたっぴろいそこは緑で溢れていた、中央には背の高い木が一本伸びその回りにはあらゆる数の植物が育っている


「こんなのは初めてみた……砂漠の真ん中にこんな場所があったとはね……」

「ここは自然なものじゃない、意図的に生やしているんだよ。それでもおかしいと思わないかい?」

「おかしい……?」


そばにあった植物を無造作に引きちぎると投げ捨てる


「マザー!?」

「これだけの土地にホープ全ての人間が食べていけるだけの植物が育つと思う?」

「そりゃ……確かに……」


狼狽えている俺にさらにたたみかけるように話す


「せいぜい、三日ぶんほどしか実りはないだろうね

他に教えられないのはそこにある。ここにあるものは全て私の能力によるものだから」


きっといま俺は人生最大の間抜け面をしているだろ、そんな力は聞いたことがない

辛抱強くマザーは理解するのを待ってくれている


「……い、いや……そんな事信じられない。だってそうだろ?」

「信じられなくてもそれが真実。他言出来ないのも私が管理できるのは精々この程度の土地だけだからだよ」


そういって先程むしった植物に手を触れると徐々にもとの姿へと成長していく


「あんたは……何者なんだ……?」


驚愕を通り越えてむしろ恐ろしくなってくる、オートマターの右腕が疼く。研究所で行われた実験道具にされていた記憶がフラッシュバックする


「君は確か……施設にいた事があったと言っていたね、ならそこで行われていた研究は知っているか?」

「詳しくは知らない、あいつらが産み出そうとしていたのはこれか?!あんたか?」


静かに首をふったマザーは


「私は生まれつきだ、父から受け継いだものと確信している。

……ここの事を門外不出にする意味がわかってもらえたなら二度とホープのやり方に口を出さないで貰おう」


なんてことだ─────確実に厄介なコロニーに足を突っ込んでしまった


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