第2話
バンバン!
鉄扉を遠慮なく叩く騒音でベッドから飛び起きる
薄い上掛けごと滑り落ちると鉄筋コンクリートの床の冷たさに辟易する
「ったく!何だってんだよ……うぅ寒……」
身震いして、先程の轟音は聞かなかった事にしベッドに戻る
あぁ、そういや、今日からは労働だって言ってたか……
「……もうすこしだけ……」
身体に上掛けを巻き付ける
バァン!
「朝だぞ。わざわざモーニングコールだ感謝しろ」
「……まじかよ。間に合ってます……」
「起きろ。今すぐにな。朝のうちに水汲みをしてもらう」
「水汲みって何だよ……ここホープなんだろ?今時そんな原始的なことしてんのかよ」
「原始的な脳みそしかないやつにはうってつけだ。……起きろ!」
薄い上掛けを思い切り剥ぎ取られ叩き起こされる
しぶしぶブーツに足を突っ込んで起き上がると先頭を行くリードの後ろにつく、昨晩通ったシャッター通りは賑わっている、品物を並べるべく人が走り回っている
「子供が多いな……」
「……大人は数えるほどしか残っていない。」
「どこも同じだな。」
「‥‥‥」
俺が生まれるよりもずっと以前に始まった人狩りのせいだ
大人の数が減ったせいで住む環境はどんどん悪化していってるガキが出来る事なんてたかだか知れている
新入りが気になるのかこっそりと盗み見ている
「ここの面倒はマザーとあんたが?」
「俺たちだけではない、他にも年長組がいる、そのうち顔をあわせることになるだろう‥‥‥気が早い奴もいるから気をつけろ」
「ご忠告どうも」
すでにうんざりだ
外に出るとさらに寒さが増す、砂地を進んでいく
「どこまでいくんだ?」
「あそこだ」
リードの目線を追えば、遠くの壁のすぐそばにけたたましい音を立てる機械がある
どうやらあれで水を掘っているらしい、以前どこかのコロニーでも見たことがあるがそれよりももっと大がかりだ
「子供は危険だから近づけていない。」
「なるほど、それで俺ってわけか」
「本来ならばここまで水を引きたいが‥‥‥今は人手が足りていなくてな。お前はあそこから水を汲んで運べ、この貯水槽に満タンになるまでだ」
「‥‥‥は?」
そばに鎮座している貯水槽は背丈をはるかに超えている。
「嘘だろ!?こんなのが満タンになるまでって何回往復させるきだよ!?いや…‥‥むしろ終わる気がしねぇ!」
「安心しろ終わる。俺は終わらせたことがある。」
にやりとほくそえむ
「無理ならそう言え、ひ弱なお前にはできる仕事ではなかったと報告してもっとまぬけな仕事に回すよう進言してやる」
「‥‥‥やってやるよ!そのかわりしっかり飯の準備しとけよ!」
「そうか。では終わったころに覗きに来る。しっかり働け」
くそ!
思い切り砂を蹴飛ばしてやるがリードはひらりとかわして建物に引き返していく
「見とけよ‥‥‥太陽が昇りきならないうちに終わらせてやるからな!」
貯水槽を殴りつけると鈍い返事だけが返ってきた
──────────
「なかなかまじめに仕事しているようじゃないか」
建物の屋上から下を見下ろすマザーが新参者の仕事ぶりを見てつぶやく
「‥‥‥いまのところは。」
「リードは不服そうだね?」
「今でも反対です。貴方を狙った刺客かもしれません。」
「奴らはわたしを殺さないよ、有効利用しようとはしているだろうけどね」
「マザー、ですから‥‥‥」
くるりとリードに振り向き直ったマザーの表情は柔らかい
だが仮面をしていない半面は火傷の跡が生々しく残っている、リードは思わず黙る
「三日前に出発したやつらは戻ってきたか?」
「‥‥‥ご存知でしたか‥‥‥まだ戻ってきません‥‥‥」
「そうか、今後は勝手な行動を取らないように。時期が来ればあそこの施設は破壊しにいく今はまだ時期早々だよ」
「はっ‥‥‥」
地平線の向こうから朝日が差し込むと辺りが橙色に染まっていく、いつもと変わらぬ過酷な一日の始まりだ
───────────
何度往復しただろうか、とっくに太陽が頭上に上がって尋常じゃない暑さに体力も気力も底をついているが貯水槽はやっと半分というところだろうか
「はぁはぁ‥‥‥っ‥‥‥」
リードのにやけ顔が脳裏に浮かぶ
『無理ならそう言え、ひ弱なお前にはできる仕事ではなかったと報告してもっとまぬけな仕事に回すよう進言してやる』
「‥‥‥かぁー!負けてたまるか!昨日から軽そうな頭だのまぬけだの‥‥‥まったく腹が立つぜ!」
ガッシャン!
「ん?」
金属音に振りかえると、子供が足元に水筒を落としていた
小さい体にまるであっていないぶかぶかの服を着たそれは青白い顔をしてこちらを見ている
「なんだ、子供。何か用か?」
「‥‥‥お水‥‥‥」
足元に転がっていた水筒を拾う
「これに入れりゃいいのか?」
「は、はい‥‥‥」
「おーけー、そこでまってな」
貯水槽の蛇口をひねると、ろ過された透明な水が流れてくる。自分が汗水流して運んだ水を一滴もこぼさないように水筒に入れる
「完璧だ、よしもってけ子供」
水筒を子供に渡すと両手で受け取る。そのまま去るかと思ってしばらく見ているが子供は動かずにじっと様子を見ている
「なんだまだ何か用があるのか?」
「あ、の‥‥‥お兄さんはリードさんみたいにお水運ばないの?」
「ん??お兄さんもお水運んでるけどな?」
大きなバケツを何個も積んだリヤカーを指さして見せる
「リードさんは一回で終わっちゃうよ?‥‥‥」
「は?」
「お水を操作できるからゴーってやってドバンって終わるの」
手振り身振りで教えてくれる子供の話に口をパクパクさせる
「あの野郎!能力もってやがったのかぁ!────そりゃ終わるわな!」
いつからか世界中で特殊な力を持つ者が生まれるようになっていた。それは環境に適応するためだとか、進化だとかはてまでは人間の潜在能力だとか騒がれていた時期もあったが、今では持って生まれていてもさほど珍しくもない
強弱はあっても何かしらの能力を持つ者が大半を占めているのだ
「ったく‥‥‥じゃぁなんで今時あんな石器時代の機械使ってんだよ」
ぶつぶつといら立ちを吐く
「あれはね、マザーのお父さんが作ったんだって、だから大事なんだって聞いたよ」
「‥‥‥へぇ。色々教えてくれてありがとな子供。ここ暑いからなさっさと中へ戻んな」
「うん、じゃぁねお兄さん!」
足り去っていく子供の姿が見えなくなるとやれやれと貯水槽の陰に座り込む
高い空を見上げる
「はぁ‥‥‥あと何往復したら満タンになるかねぇ‥‥‥」
「さてな、まぁ夕方には満タンになるんじゃないのか?」
「!」
「そろそろへばってるころだと思ってな、労働に見合う食事をもってきてやったぞ」
「マザー!」
半面に銀仮面をつけたマザーがトレイを片手に立っている
昨晩は暗闇でよく見えなかった姿を再確認する、薄い茶色の髪を流し半面から覗く目は緑色だ
色素の薄い肌は不健康に見えるほどだ
「ありがたいねぇ‥‥‥水汲みで衣食住困らないんてな」
「だろう?」
「嫌味たっぷりでも応えないか」
「嫌味のうちにも入らないからね、それでこれは食べるかい?」
手元に差し出されたトレイには水筒にパン、それにわずかな野菜がのっている
「まじかよ‥‥‥野菜?」
「野菜だね」
「信じられない、これってあ、あぁどうやって?」
野菜なんていつぶりに見ただろうか、そういえば遠い地でまだ自然が残っている地域では拝んだことがあるが、最近じゃドライフードが主流でこんな瑞々しい野菜を見れるとは夢にも思わなかった
「驚いてもらえて何よりだね、ただ‥‥‥これがここで食べられると知ってホープをそう易々と出れると思わないほうがいいよ」
「それは、何故か聞きたくないけど聞いとくかな‥‥‥」
「ここにコレがあると大勢に知られるようなことがあればここは危険にさらされる、それはわかるね?お前がここを出てよそでべらべらとしゃべられては困るんだ」
無言で頷く、目の前に差し出された野菜に飛びつきたい衝動を抑えるので必死だ
「わかったよ、ここを出れると思わないし、しゃべらないよ」
両手をあげてまたもや降参のジャスチャーをする、動物は降参すると腹を見せるというがそんな気分だ
「理解してくれたようで安心したよ、それで‥‥‥お前は誰にホープの話しを聞いた?」
「誰って名前までは知らないな、確か短髪の金色の髪の男だったよ、砂漠手前のコロニーの酒場でぺらぺら盛り上がってたのを聞いただけだ」
「──────なるほどね‥‥‥」
トレイを持ったまま立ち上がったマザーが険しい顔になる
「お、おいそれ置いて行ってくれよな」
「あ、ああ──────この後もしっかり仕事してくれ」
早足でマザーは立ち去った、それを横目で確認しながらもトレイにのった食事を夢中で食べる
「‥‥‥野菜が食えるっていうなら間違いなくここは楽園だな
あのおしゃべり野郎はなんでホープから去ったんだろうな‥‥‥」
殺伐とした世界へ出るよりここにいるほうがずっと安定しているように感じるがそうではないのだろうかと疑問が浮かぶ
「やれやれだな‥‥‥」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます