第13話 出発前夜

 亮太はベルンハルトの修行に耐えながら、確かな成長を続けていた。

 その中でも彼から剣術の指南を受けられた事は、亮太にとって大きな収穫になった。


 ベルンハルトの剣は凄い。

 俺ではとてもその剣術のレベルに足元も及ばない。

 天と地ぐらいの差があると愕然とした。

 彼に近づくには、日頃の鍛錬こそ大事だと、肝にめいじる。


 ベルンハルトの剣は単純で早い、いわゆる基本に忠実な剣術なのだが、その基本こそ最高にして最大の技であると、教え込まれた。

 彼曰く、戦場の中で身に付けた最強の技だと。

 それ以来、俺は基本に忠実に、剣を振るう練習をおこたらなかった。

 その成果か、剣を振るう初動が早くなってきている。


 亮太はベルンハルトの屋敷の中庭にある大きな岩に座り、あぐらをかいて瞑想し、自分の息吹を確かめながら、森羅万象の息吹を感受する修行をしていた。

 自分の感覚を研ぎ澄ます。

 神経の一本一本まで自分の意志で動かす様に。


 亮太が、大幅な成長を見せたのは、何と言っても身体能力の向上である。

 人は身体能力の30%ぐらいしか、普段発揮する事ができないのだ。

 発揮できない潜在的な力を、100%、いや120%以上に高めて発揮する事ができれば、達人の域ということになる。

 亮太はまだまだその域とはいかないが、それでもかなりの身体能力向上を図る事ができた。

 それにより、筋力・瞬発力・持久力が飛躍的に向上し、ベルンハルトもその成長の速さに、顔をほころばせた。


 あと、もう一つの成長は5感の増強だ。

 今の亮太は半径5メートル先で針が落ちても、その音に気付く。

 その5感の増強の源は万物の息吹である。

 森羅万象とまではいかないが、身近な物の息吹を感じる事が、できるようになったのも『覇気』の力だ。


 また、カンが鋭くなった。

 これは第6感といえるのだろうか。

 しかし、これも『覇気』の力なのだ。


 この修行で得た『覇気』は、とても大きな財産を、亮太に与えたのだった。


 誰かが自分に近寄ってくるのを知覚する。


「リョウタ~、ご飯にしよう」


 フィーネが呼びながら近寄ってくる。


「ああ、わかった。ありがとう」


 2人は、話しながらベルンハルトのいる食堂に向かう。

 フィーネは亮太と話をするのが、楽しくなってきていた。

 食堂に入ると、ベルンハルトは、既に酒盛りを始めている。


「おお、来たか、リョウタ」


「師匠、もう出来上がってるんですか?」


 亮太はちょっと呆れ顔になって尋ねた。


「酒は百薬の長というからな。体にいいもの飲んで何が悪い。がははは、しぇしぇしぇ」


「もー、体大事にしてくださいよ」


 苦笑しながら亮太もいつもの返事で答える。

 毎日の挨拶と化していた。


「ところで、リョウタ。ジャスティンが迎えにきたら、お前はどうするつもりだ?」


「え?」


 いきなりの質問にちょっと呆気に取られる。


「ジャスが来たらですか?」


 そうですね、と考え込む。そういえば、ここへ来てから優に3ヶ月を超える。

 その頃にジャスティンが、迎えに来てくれる話になっていた事を思い出す。

 特にこの後の事を考えてなかった亮太は、今の胸の内を明かした。


「俺、この世界の事まだ全然知らないんです。だから、この世界を色々まわって見てみたい」


「だったら、まずブリジット王国を目指してみたら?」

 すぐ、フィーネが話に合の手を入れてきた。


「ブリジット王国?」


「うん」


 フィーネが愛らしく微笑み、言葉を紡ぐ。


「ブリジット王国は英雄王と名高い、エドヴァルドという王様が治めている国よ。国自体も他の国より治安が良いし、産業も発展してるので、色々珍しい物が見られると思うわ」


「エドヴァルド・・英雄王?」


「そうね、14年前ぐらいに大陸で大きな大戦があったの。その大戦で名声を集め、英雄となったエドヴァルドが、即位した国なの。新興国だけど国力は相当なものよ。それにね・・」


 そう言ってフィーネはチラリとベルンハルトを見る。


「爺様が、将軍として所属していた国でもあるのよ」


「もう、昔の話だな。がははは、しぇしぇしぇしぇ」


 ベルンハルトがいた国!その一言だけで亮太はブリジット王国を見たくなった。


「見てみたい!俺はその国へ行ってみたいぞ」


「そうか、行ってみたいか……。それもいいかもしれんな」


 ベルンハルトは酒瓶をグッと持ち上げ、浴びる様に飲む。


 ぷはーっと息を吐くと亮太をグッと見やり、ニヤリと笑い、


「じゃあ、もう行く準備しないといかんな」


と意味深に答える。


「え、どういう事……」


 答えかけてハッとする。


 すぐに神経を集中して、ジャスティンの覇気を探る。


 そして亮太も知覚する。そのジャスティンの馬鹿でかい息吹を。

 もう、街の中に入ってきている。結構近くにいるのがわかる。


「あいつ、覇気を抑えてるって言ってたくせに、なんてぶっ飛んだ息吹なんだ!!」


「やつにしては抑えてる方だと思うぞ? がはははは、しぇしぇしぇ」


 亮太もそうですかね? 的な曖昧な返答をしつつ、答える。


「俺、明日からブリジット王国行きます!! 冒険の匂いがプンプンしてくるんだ」


 それにフィーネが答えて、


「だったら、私がブリジット国まで、道案内として連れて行ってあげるわ。この辺境の街からちょっとあるし、私も仕入れたい具材もあるから」


「ありがとう、助かるよ。じゃあ、お願いするね」


 そんな話をしていると、ジャスティンが屋敷の前まで来た事がわかる。

 そして、大声が飛ぶ。


「リョウタ、しっかり『覇気』覚えたか!!」


 その声を聞き、亮太が答える。


「おう、当たり前だーーーーー!!」


 久しぶりにジャスティンと再会し、はしゃぐ亮太。


「明日、ブリジット王国に目指して旅に出ようと思うんだ、いいよな、ジャス?」


 ジャスティンはちょっと慌てて、

 いやな、亮太、この水晶がだな……と話しだそうとするのを亮太が止める。


「行こうよ、ジャスティン!!それとも疲れてるのかい??」


「つ、疲れてなんてないわ、いつでも俺様はいけるぜ」


 言って、しまった的な顔をするジャスティン。


「よし!!」


「明日はよい旅立ちの日になりそうだな、酒も美味いわけだ、がはははは、しぇしぇしぇ」


 亮太は、今日までの3ヶ月のお礼をベルンハルトにし、あわてて明日の旅路の支度をし始めるのであった。

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