第12話 発端

 小さな暗い森の中を疾走する一つの白い影があった。

 ローブをはためかせながら、所々にそびえる大木を回避しつつ、小さな体で、生い茂った森の中を軽妙に疾走する。


 もう森の淵まで出かけているのだろう。

 目指す先にはチラチラと光の粒子が漂っているのが見える。


 それを追う数体の黒い影があった。

 彼らは俊敏だ。

 人間の走力を遥かに凌駕していた。

 それもそのはず彼らは魔人達だったのだ。


 魔人とは、人に似て非なるもの。

 容姿だけを言えば人に似た容姿から、魔物の姿まで様々だ。

 しかし、共通して言えるのは、彼らは人並み以上の高い知能を有しているという事だ。

 魔物以上の身体的能力を持ち、人並み以上の知恵を持つ異形の生き物。

 彼らを総じて魔人と呼ぶ。


 その魔人達が、逃げる白いローブの少年、ジャスティンを捕えようと牙をむく。


 魔人達の目は殺気を帯びて、ジャスティンを抹殺しようと追いかける。

 その距離は、徐々に詰まってきていた。

 中には4足で獣の様に走っている姿も見られる。


「がぉぉぉーーーーーーーーー!!」


 咆哮ほうこうが聞こえてきた。

 怒り狂っているのか、小さな侵入者を威嚇する。


 暗い森を抜けた。

 白いローブをまといし、ジャスティンは息を切らせて、岩壁にもたれかかり息をついた。

 さすがに走り疲れたようだ。

 息を整え、油断なく周りを窺い、追手の様子を確かめる。

 森の奥から遠吠えが聞こえる。

 かなり近くまで接近されていることを確認する。


「ちぇっ」


と舌を鳴らし、毒づく。


「もう、近くまでいるのか」


 俺らしくない凡ミスをしたものだと、壁に手をついて落胆する。

 護衛兵たちやトラップ、魔法結界には気を付けていたんだが……、とあの時を思う。

 まさかあの館の主とバッタリ出くわすとは……。


「くそう……」


 泣いているのか、下を向いてフルフルと肩を震わす。

 何か思い出したのだろう。


「ク、ククっ……」


 と嗚咽おえつを漏らす。

 だが、


「わはははははっ」


 急に腹を抱えて笑いだすジャスティン。


「あの時の顔と言ったら相変わらずの気色悪さだったな、あのバンパイヤ野郎。宝箱の中で財宝と裸で寝やがって、思わず引いてしまったじゃないか」


 息もせず、死んだように宝箱の中で寝てんじゃねーよっ!

 しかも真っ裸で!!

 財宝の中にすぐ目的の物が見つかったからよかったものの、

 笑いを堪えるのが大変だったのだからな!

 そっとふたして、忍び足で部屋から逃げたのだが、

 でも、やっぱし気付いて目覚めちゃったか、そりゃそうだよな……。


 一通り笑った後さっばりした顔つきで、思案顔になる。


「はーー、どうすっかなー」


 髪をかきあげ、この後どう逃げ出すかを考えていた。

 一番手っ取り早いのは、逃げる事だが。

 でも、追ってこられると面倒だな。

 亮太と合流して、早く水晶の力を試してみたいしな。


 ふと、周りの気配が変わった。

 油断なく気配を探る。


 4体、いや5体か。


「一気にケリをつけてもいいが、もし、あのバンパイヤ野郎がいたらちょっと面倒だな」


つぶやく。


 そして、懐から手のひらに乗るぐらいの琥珀こはく色をした水晶を取り出し、太陽光に透かしたりしてキラリと煌めく水晶の光の反射を確認した。


「うん、目的は達成したな」


 にんまりとまんざらでない笑顔を浮かべる。

 それを懐にしまい、

 ちょっと考えるポーズをした後、

 逃げるのも面倒だと対決する事を決める。


 すたすたと岩壁から姿を現し、両腕を組んで相手の出方を待つ。


 しばらくして、頭に2つ角がある、筋骨隆々な鬼人が3体正面に現れた。

 左に虎の獣人が1体、右に蛇の獣人が1体、姿をぬるぬると移動し姿を見せる。

 岩壁の周りを魔人達が取り囲む。

 その近くに蝙蝠こうもりが3匹飛んでいるがわかった。


 小さな侵入者を追い詰めて余裕が出たのだろう。

 先ほどと打って変わって鬼人達は笑みを浮かべている。

 しかし、ジャスティンには顔を歪めて不機嫌そうな顔に見えた。

 魔人達を見まわしたが、バンパイヤ野郎はいなさそうだ。

 よしよし、なんとかなりそうだ。


 少しにらみ合った後、鬼人達が話しかけてきた。


「ここまでだ、小僧」


「盗んだものを返せ」


「それはご主人様の大切な宝物だ」


 それを聞いてジャスティンは片手をひらひらさせながら、


「主人に話しておきな、あの水晶は俺様が貰っておいてやるとな。どうせ、おまえらでは宝の持ち腐れだろう」


 ジャスティンは傲然ごうぜんと言い放った。

 それを聞いて鬼人達は激高した。


「舐めるなよ、若造が!」


 左側にいた鬼人の一人が怒って持っていた槌矛メイスでジャスティンに振りかぶった。


 打撃音はしない。


 当たらなかった。


 いや、正確には当てられないのだ。


 鬼人がジャスティンに側まで近寄る事ができない。

 側に寄ろうとはするのだが、結界が張られているようで、

 近寄ろうとすると鬼人の顔が苦痛で歪んだ。


「結界を破るぐらいの覇気は持ってないとな、それとな、俺は若造じゃないぞ」


 ジャスティンは一瞥いちべつくれると鬼人の存在を無視したように、目を閉じ詠唱する。


「トール・エル・ファブ・カルスト……」


 みるみる内にジャスティンの周りに火竜が現れとぐろを巻いて宙を舞う。


 自然界には存在しないであろう恐ろしい熱量の紅蓮ぐれんほのおがジャスティンの周りにまといつく。


「火竜の咆哮ほうこうよ、敵を滅せよ。 『ファルネスーー!!』」


 ジャスティンがカッと目を開くと火竜が爆ぜた。


 炎の厄災が魔人達に襲い掛かった。

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