第11話 覚醒

 あれから2ヶ月が過ぎようとしていた。


 毎日隙を見つけてはベルンハルトに立ち向かい勝負を挑むのだが、拳骨により玉砕する事が常だった。


 しかし、1ヶ月半を過ぎる頃から立ち合いに変化が出始めた事に俺は気付き始めていた。


 今日も夜が更け、囲炉裏いろりにはまきが火にくべられ、パチパチと音を鳴らす。


 ベルンハルトはその側に座り、酒瓶ごと酒を飲んでいたが、フィーネの姿はない。


「師匠、起きてますか?」


 亮太が顔を出す。

 ベルンハルトはおもむろに相槌をうち、顎で座れと促す。

 隣の席まで接近を許した。


 俺は常にロングソードを携帯している。

 今日こそ一太刀浴びせてやると息巻いて。


 ベルンハルトに普段通りに近づき、今日はちょっと寒いですねと声をかけた。


 亮太は薄い半袖を着ているのみだ。


「そうか? 寒くはないが、スープは熱い方が美味い。酒はどちらでも美味いがな。がははははは、しぇしぇしぇ」


 小僧も飲めと誘われる。

 俺は自然体でベルンハルトの左側に座った。

 そして、神経を研ぎ澄ます。


 ベルンハルトは俺に酒杯を差し出すので、それを受けて少し口を付けた。

 咳が出たが、酔いはしない。


 むしろ俺の感覚は今研ぎ澄まされている。


 ……息吹を感じる。まだ完全に把握できる様になった訳ではないが、修行の賜物たまものか、

万物の息吹を感じる事ができる様になってきた。


 扉の息吹、石畳の息吹、囲炉裏の薪の息吹、そしてベルンハルトの息吹。

 そして気が付く、他の息吹よりベルンハルトの方が遥かに小さい息吹である事に。

 自分で抑えていることがうかがえる。


 感じ取り難いその息吹に自分との力量の差を感じる事ができるほど、亮太は成長していた。


 しかし、それでもこの勝負を諦めない。


 この人に勝ちたいと強く願う。


 武人として尊敬するこの人に。


 そんなことを考えていた。


 亮太は静かに目を閉じる。

 呼吸をして最善のタイミングを計る。


 色々な息吹が感じられる。


 その中で聞くべき息吹を見分ける。


 また、パキっと薪が音を立てた。

 その瞬間亮太はロングソードを自然に抜き放っていた。

 ベルンハルトに迫る。

 しかし、亮太はすぐその行動が、失敗した事を悟った。


 すぐ、手を引っ込め、両手を顔面の前に持っていき防御態勢を作る。

 バキキキっと音を立て、亮太が吹っ飛ぶ。拳骨げんこつが飛んできたのだ。


「ほう、やはりやるようになったな、小僧? がははははは、しぇしぇしぇ」


 亮太はなんとか顔面に当たるのを防御できた。

 出来たと言っても、体ごと壁まで持っていかれた。両腕がしびれる。

 骨まではダメージがなさそうだ。


 でも、亮太は思う。ちょっと腕の皮膚を硬化ができたと。

 一瞬の硬化だったが十分効果がでているな、とニヤリとする。


 これに満足している訳ではないが、亮太は思う。

 やっぱりベルンハルトも息吹を感じているのではないか?

 俺の息吹の揺らぎを素早くキャッチして、攻撃に移っているのではないかと。


 自分のダメージが思ったより軽めだったことが、次の行動を起こすきっかけになった。


 ゆらりと立ち上がる。

 そして自分に言い聞かす。


「師匠、次だ!」


 宣言する。


 ベルンハルトは何もいわず、笑みをこぼした。


 集中する。

 俺の存在を息吹を更に小さく、

 ベルンハルトより小さく感じさせない様に。


 神経を研ぎ澄ます。気を静める。

 その時何か「カチリ」と波長があった様な気がした。


 周りが静かになった。


 自分の心臓の音がドクンドクンと大きく感じる。

 他には聞こえない。


 いや、息吹は聞こえている。他の音がしないのだ。


 亮太はゆっくりとベルンハルトに近づく。

 そんな正面からの攻撃は彼に通用しない事は百も承知なのに。


 亮太は無意識に剣を抜刀している。

 視線は前を見ているのみでベルンハルトを凝視している訳ではなさそうだ。


 部屋中を見ている、いや感じているのだ。


「?」


 ベルンハルトはその時、亮太の右腕に違和感を感じとった。


 何かわからないが、危険な匂いがする。


 亮太が攻撃のモーションに入った。

 小さく右腕を振りかぶり、素早く間合いを詰め、切りかかってきた。


 しかし、ベルンハルトは動かない。

 右腕をじっと見て何かを見極めようとしている。


 その瞬間、右腕が光った。

 薄い半袖の下から強烈な光が周りを照らす。

 ベルンハルトも一瞬目を反らした。


「くっ!! なんだこの覇気は!!!」


 ベルンハルトは亮太の剣を神速といえる動きで間合いを詰め、素手でロングソードをつかむと、そのまま右腕を引っ張り上げる。


 亮太は剣を掴まれ、引っ張り上げられると集中が切れて、少し茫然としていた。


「師匠? 俺今……どうなったのですか?」


 光は影を潜め、幾何学模様の刺青がくっきりと浮かび上がっている。


「爺様、今凄い覇気が!!」


 どこからかフィーネも慌てて部屋に顔を出す。

 ベルンハルトはフィーネに落ち着く様にいい、


「大丈夫、今の覇気は小僧のだ」


「え、リョウタの? でも異質な感じだったわ」


 フィーネはまだちょっと落ち着かない感じでいった。


 亮太は右腕の刺青を見ながら、


「この印、光るんだな」


 とつぶやく。


 ベルンハルトは亮太の刺青がもう変化しない事を確認してから、その印は何か聞いた。


 亮太はジャスティンから聞いた話で封印の印であるらしいという事を伝えると、ベルンハルトは苦虫をつぶした様な顔をしたが、


「なるほどな」


と一言いい、後は尋ねなかった。


「びっくりしたわ、でもリョウタも爺様も怪我がなさそうでよかった」


 フィーネは少し安堵した表情を見せ、亮太に聞いた。


「それで、君は爺様から一太刀浴びせれたのかな?」


 その言葉を聞き、亮太はうーんとうな


「手で掴まれたけど、あれも一太刀になるのかな?」


と自問した。


 ベルンハルトはそれを聞き、


「がはははは、しぇしぇしぇ、確かに俺の体に触れたと言ってよいだろう! ちょっとおまけな感じだがな」


「じゃあ、俺はやったんだな」


「そうだな、だが、さっき見せた覇気は今の小僧には手に余る力だ、そこでだ、今少し、ジャスティンが来るまでの間、わしが直々に覇気の扱いを教えてやる。どうだ、やるか?・・小僧、いや、リョウタ」


 その言葉を聞いて、俺は嬉しさの余り喜んだ。


「本当か? 師匠、もちろん、望む所だ!!」


 フィーネもそれを聞き喜び、優し気な視線で亮太を見ていた。

 亮太は一つ階段を上がった事に喜び勇んだのだった。

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