第10話 自信

 ベルンハルトの屋敷には割と大きな中庭がある。

 木々が生い茂りっているが、丁重に狩り揃えてあった。

 池には大きな魚も泳いでいる。

 虫でもいたのか、その魚が大きく跳ねた。


 魚の作った水紋を眺めつつ、語り合う少年と少女の姿があった。

 少年はロングソードの具合を確かめ、鞘にしまう行動を丹念に行いながら、何やら少女に話かけていた。

 少女は大きな岩に腰を掛け、少年の話に相槌を打っている。


「驚いたよ、君がベルンハルトと知り合いだなんて」


「・・私は捨て子だったの。森の中で捨てられていたのをじじ様が見つけて、拾って育ててくれたのよ。爺様は私にとって命の恩人であり、唯一の家族なの」


「へー、そうなんだ。でもここ数週間厄介になってるけど姿が見えなかったよ?」


「ああ、私、他の街で何泊もしながら、買い付けに行っていたの。ちょっと遠い街でね、そこでしか手に入らない珍しい物とかもあるのよ。例えばこの絹の糸は魔蚕まてんという虫から作られる糸でできているのだけど、凄く強くて切れなくて綺麗な糸なのよ」


 そういって、自分の衣服の触り心地を確かめながらフィーネは朗らかに話す。

 日光に照らされた少女の顔は一層可憐に、まばゆく見えた。

 フィーネは長い銀髪をたゆませ、明るい笑顔で亮太に問いかける。


「こちらこそ驚いたわ。まさか爺様に師事しているなんて。あの子はどうしたの?」


「あの子? ああ、ジャスティンの事だね。彼は今ここにいないよ。何か調べごとがあるらしく自分の屋敷に帰っているんだ」


「ふーん、そう、でもよくあの子がいて爺様があなたに『覇気』なんて教える気になったのかしら? ちょっと不思議だわ」


「不思議? そうかな、俺が見ていた感じでは二人はなんか通じ合ってたように見えたけど」


「私、ジャスティンの事爺様から聞いた事があるけど、彼はとんでもない大悪党だって言ってたのを覚えているわ」


「悪党? ジャスはちょっと高飛車で気分屋で我がままだけど、そんなに悪い奴じゃないと思うよ?」



 フィーネは少し眉をひそめて、ジャスティンの話をしてくれた。

 その内容によると、ジャスティンはベルンハルトと敵対していたそうだ。

 ベルンハルトは、当時仕えていた国の兵士として、ジャスティンの軍勢と戦った。


 ジャスティン達の攻撃力は凄まじく、ベルンハルトの軍勢はあっという間に1/3にまで戦力を減らされた。しかしベルンハルト達の鬼気迫る奮闘もあり、ジャスティン軍を追い払う事に成功したらしい。


 その時、ジャスティンの軍勢をも退けられたのだと、ベルンハルトが酒を飲みながら談笑して語るのをフィーネは聞いていたのだった。


「私が彼の名を知っていたのはそういう訳よ」


 フィーネは肩をすくめる。

 俺は初めて聞く話に聞き入ってしまった。

 そんな因縁が二人にはあるのか。

 そういえば、ジャスティンは彼を嫌っていたなと思い出す。


「それはそうと、あなた『覇気』は少しは身についたのかな?」


「いや、それが……」


 と亮太はここ数週間での出来事をフィーネに話した。

 自分としては不甲斐ない有様に少し自信を無くしている所だった。

 ベルンハルトに一太刀浴びせる事ができない、全て拳骨一発での返り討ちにあっているからだ。

 自分に何が足りないのか?

 どのように鍛えればいいのか?

 成長できているのか、不安はつきない。


「そうなんだ」


 フィーネはクスリと笑う。

 そして、亮太を見ながら


「でも、あなた、前見た時より気力が充実しているわよ!」


「いや、昨日も裏拳貰って、このコブを見てよ」


と思い出したくもないコブを擦る。

 色々な場所にできたり治っての繰り返しだ。


「あら、その程度のコブしかできていないんだ?!」


「え、どうゆう意味?」


「ふふふ、爺様の拳骨はもっと痛くてよ? 思い出してみて。あなた、最初の修行で返り討ちにあった時より、痛み少ないんじゃなくて?」


「え、そういえば、痛みが引くのが早いか……な??」


 亮太は体のあちこちを触り、自分の怪我を確認する。確かに打身やアザは少なくなっている。

 痛みへの耐性ができたからではと、なんとなく思っていたのだが……違うのか?


「あなた、気が付いてないみたいだけど少し目覚めつつあるのよ?」


「え?」


「まだ、わかってないみたいね」


 フィーネはジロジロ亮太を眺めながら、ふーと息を吐いた。


「爺様が教えているのに、私が口を出すのはどうかと思うけど、ちょっとだけアドバイスかな。覇気って大きく分けて2つに分別できるの。武力系と魔力系の2つ。武力系の覇気にも色々あってね、力が強くなったり、皮膚を硬化させたり。ほんと、色々。あなたが今修行しているのは、武力系の覇気ってわけ。この修行によりあなたの適正がどう出るかわからないけど、爺様は何か狙ってるんだと思うわ」


 そう言ってフィーネは覇気をちょっと見せてあげるわ、と言って中庭の広い場所に歩き出し一人たたずむ。


「そこに小石が沢山あるでしょ? 私に投げてみて」


 そう言って目を閉じてその時を待つ。


「え、この石を?本気で投げていいの?」


「本気でなければ意味がないわ」


「そ、そう、じゃあいくぞ!!」


 亮太は小石をいくつか拾い、フィーネに向かって力いっぱい投げてみた。

 するとフィーネは目を閉じながら、体をクルリと回転させ小石を切って弾いてみせた。


「うわ! まじか!!」


 亮太は感嘆の声を上げる。そして不思議に思う。

 何故目を閉じているのに投げられた石の位置が判るのだろうかと。


「ふふ、どう?」


 息を吐き、眼を開け、ちょっと得意げに亮太に尋ねる。


「石の軌跡をどうやって知ったの?」


息吹いぶきよ、私は石の息吹を知って石の存在を知ったの」


「息吹?」


「そう息吹、ここにある全て物は呼吸をしているわ。木もそう、石もそう、鋼もそう、水すら呼吸している。この呼吸、息吹を知る事はあなたが覇気を身に付けるのに役立つと思うわ。いや、この息吹を感じる力も覇気だと言っていいかもね」


 石や木が呼吸している?そうなのか?それを知る事が覇気への近道なのか?

 亮太は話の壮大さに覇気とは、いったいどんな凄い力なのだろうかと思った。

 そして戸惑った。


 そういえば、最近ベルンハルトの存在ばかりを気にして、彼の一挙手一投足に集中し気配ばかりを探っていた事を思い出す。

 あれも修行になっているんだな。


 亮太は改めてそう思った。

 俺は遠回りかと思っていたが、案外最短距離を突っ走ってるのかも?

 フィーネも覇気に目覚めつつあると言ってくれているのも心強い。


「うん!」


 俺は悩みが吹き飛んだ気がして、フィーネに礼を言った。


「ありがとう、フィーネ。なんか迷いが抜けたよ」


 フィーネは亮太の礼にちょっと頬を上気させながら、笑みをたたえて亮太に言った。


「修行で大変なのはこれからよ。頑張りなさい」


「おう、爺さんに必ず一太刀浴びせて見せる!!」


「それは無理かもしれないけど、ふふふ」


「え、いやいや、必ず!!」


 俺はぐっと拳を握り、その場で誓ったのだった。

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