第9話 修行

 俺は今ベルンハルトと対峙たいじしている。

 ……一瞬のすきを見せたら負けだろう。

 勝敗を決する大事な場面だ。

 凄いプレッシャーがかかる中、俺は息を殺し身構えている。

 相手の気配を探って変化がないか確認する。

 大丈夫そうだ。

 俺は動きにより、空気の流れさえ変わるのを拒んだ。

 剣を握る手が汗ばむのがわかる。

 周りをうかがいながら物音が立たない様に、じりっじりっと近づく。

 この先の部屋の中に『やつ』はいる。

 そして、その一瞬を見定める為に俺は全神経を研ぎ澄ます……。


 俺は剣士だ。そうだ、俺には剣士として誇りがある。

 相手に不意打ちなどしたことないし、して勝っても嬉しいはずもない。

 ましてや、相手の寝込みを襲うなど、恥の上塗りなのは重々承知だ……のハズだったのだが。


「何時でもいいのでかかってこい。一発でも切りつけれたらお前の勝ちだ」


との言葉に甘える形になってしまった。いやいや、本当は嫌だよ? こんな戦法。

 しかし、甘えるといえば聞こえがいいが、そうしなければ触れる事すらできないことを、この数週間で散々思い知らされた。

 要するに隙がないのだ。この爺さん。強すぎる。

 寝込みを襲って勝てればそれで良し。

 俺の今の心境はそんな感じだ。

 最初は安易に考えていた……



◇◇◇◇◇



「一手入れれば俺の勝ち?」


 そうベルンハルトが言った。


「がはははは、しぇしぇしぇ。そうだ、実戦こそ最高の学び場だ、この鍛え方以上に良法はない。よいな、小僧? 」


「得物は何にすればいいのですか? 俺、ロングソードしか持ってないのですが?」


「それでいい」


「これ、本物ですよ、切れ味もいい。危ないのでは?!」


「危ない? ああ、じゃあ、わしはこの拳骨げんこつのみにしといてやる」


 そう言ってベルンハルトは青龍偃月刀を脇において腰掛けに座り、右手を握って顔の前に突き出す。


「いや、そうじゃなくてですね、俺のロングソードで切ると危ないと言っているです」


「剣で切ると?」


 ベルンハルトは愉快そうに豪快に笑った。


「がはははははは、しぇしぇしぇ。ユーモアのセンスもあるな。

 いいから切りつけてみよ、できるものならな」


 俺はちょっとムッとした。

 折角忠告しているのに、これでも俺は剣術には多少の自信がある。

 学んだ流派では免許皆伝の腕前なのだ。

 よし、怪我しない程度に一手当てて見せる!!


「やっ!」


 俺は警告の意味合いを込めて振りかぶり、ロングソードでベルンハルトに切りかかった。

 頭上で止めるつもりだったが、その必要はなくなってしまった。

 当たる前にベルンハルトの鉄拳が、俺の顔面をとらえたのだ。

 俺は家の柱に背中から吹っ飛んだ。

 めちゃくちゃ痛い、打たれた場所に激痛が走る。

 鼻血が出てきた。

 こ、これは……

 痛みをこらえて立ち上がる。


「な、なんだ? 今の速さは??」


 俺は驚きとショックで茫然ぼうぜんとした。

 血をぐっと拭い、柱につかまり立ち上がる。まだ体が多少ふらつく。


「あはははは、リョウタ。面白そうな修行だな。お前の3ヶ月後楽しみにしてるぞ。」


 ジャスティンは面白そうに今の出来事を見ていた。


「俺様は一度家に戻る。ちょっと調べておきたい事ができたのでな。心配するな、3ヶ月後には迎えに来てやる。お前がしっかりと成長しているのを楽しみにしているぞ」


「そうなのか、ジャス。わかったよ。俺はここで修行して強くなってみせる。俺も面白そうだと今思った所だからな」


 そう言ってにやりと笑う。

 面白そう。確かにそうだ。こんな強そうな爺さんいないだろう、と。


 ジャスティンは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、その意気だと亮太の背中を叩いた。


「う、痛い!」


 ごめんごめんと言いつつジャスティンは悪い笑顔のまま、部屋を出ていった。


「さあ、何時でもいいぞ、ドンと来い! 但し、この家にいる間は、炊事洗濯はしてもらうからな。がははは、しぇしぇしぇ」


 俺は当初、真正面から彼に向かっていった。

 そして、吹っ飛ばされるの繰返し。顔や腹など強打し、何度も血反吐ちへどいた。

 最初の一週間も経たずしてアザや打身と筋肉痛で動けなくなってしまった。


 すぐこれでは駄目だと思い直す。

 愚直に正面からではなく奇策を用いるべしだと考えた。

 そう、フェイントを混ぜた強襲だ。

 すぐ実行に移すことにする。


 影に隠れて爺さんが通るのを待つ。

 奇襲を試みる。

 返り討ちにあう。


 飯を食べている時を狙う。

 後ろから切りつける。

 何故か、爺さんの拳の方が早い。

 爺さんはお椀を持ちながらの対応だ。

 俺は炊事場まで転がる。


 木の上に潜んで息を殺した。

 そして爺さんが通りかかるのを待つ。

 来た!

 上から「喰らえーーー」と必殺の一撃。


「しゃらくさいわーーー!!!」


 ベルンハルトが下から突き上げの拳骨を放つ。


 俺は星まで吹っ飛ぶ事になった。


 これもダメか、何故俺の攻撃がわかるのだろうか?

 気配でわかるのか?

 気配を消す修行からする必要があるのだろうか?

 色々考える。

 その中で、一つ試したい事がある事に気が付いた。



◇◇◇◇◇



 そして、今に至る。

 そう、寝込みを襲う事にしたのだ。


 武人としては有るまじき行為だが、爺さんには反則でないと思う。うん、反則でない……たぶん。

 これは実戦なんだと肝にめいずる。

 これで返り討ちに合うようなら、考えを180度変える必要があるんだろう。


 俺は真夜中近くになるのを待った。

 爺さんのいびきが聞こえる。

 よし、熟睡してるな。

 俺は忍び足でターゲットの側へ向かう。

 呼吸を殺す。


 この数週間、気配を消すのだけは上手くなってきた気がするが、ベルンハルトに通用していない所を見ると、まだまだなのだろう。

 後は爺さんの気配を探る事が日課になっていた。

 爺さんが無防備で寝てるのを確認する。

 勝った!!

 ようやく、一本入れられそうだ。

 音がするといけないので、剣はすでに鞘から抜いた状態にしてある。

 そして、俺は慎重素早く剣で顔面を叩いてやろうと思った。

 いままでの恨みだ!! とりゃっと力一杯叩きに行くと、

 いつから起きてたのか、パッと上半身をひるがえし、裏拳が俺の顔面を強打する。

 バシン!!

 俺は壁に吹っ飛ぶ。

 いてぇ、痛すぎる。俺は堪らず叫んだ。

 しかし、ベルンハルトは、


「ぐーー、がぁぁごぉぉ、ぐぉぉーーーー」


 え、寝てるのか?

 さっきのは、寝返りって事はないだろうな?


 とりあえず、夜襲もダメか、俺は退散する羽目になった。



 次の日になり、昨夜の打撲をさすりながら俺は食堂へ向かった。

 何やら談笑している声が聞こえる。

 ベルンハルトに客人が来ているのだろうか?

 俺は部屋に顔を出す。

 そこには老人と少女の姿があった。


「おはようございます」


「おお、リョウタか、昨夜もダメだったようだな、

 がははははは、しぇしぇしぇ」


「ベルンハルトさんは死角なさすぎですよ!」


「あら? あなただったの? 爺様の元で修行しているという少年とは?」


「あ、君は確かこの街の外れで盗賊に襲われそうになっていた、たしか……フィーネ?」


「覚えてくれていたのね! 嬉しいわ」


 そう言ってフィーネは笑みを浮かべた。

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