第2話 少年

 暗闇の中、ふと自分を呼ぶ声が聞こえる。


「誰だ? 俺を呼ぶのは……」


 その声に聞き覚えはない、でも何か聞いたことがある様な響きを感じ取る。


(ようやくか。何年待ったことか……)


 また聞こえる。


「待っていた? 誰を……?? お前は誰だ……?」


 真っ黒な闇の中でしっかりとした穏やかな声が聞こえた気がした。


(私はお前と共にいる。いずれ、判る時がくるだろう)


「俺、お前と会った事あったかな?」


 あれ、ここはどこだ?

 俺は……、あれ、真っ暗だ、向うは明るい……?

 急に目の前が鮮明に明るくなっていく。




 亮太はふと気が付いて、目を開けた。


 まぶしい。


 明るい陽射しにふと目を細めて、手で陽射しを隠す。


 ここはどこだろう。


 辺りを見渡そうとするが、その瞬間頭に激痛が走る。


「いたた……」


 よく思い出せない。

 頭をさすりながら思い出そうとして考える。


 確か道場にいたはずだ。


 そうだ、納屋にいてそれから……。


 不思議な事が起きた。

 そう、光ったんだ。

 本がまばゆく光った

 それはよく覚えている。

 それからがよくわからない。

 誰かが話しかけてきたような?

 その後気を失ったようだが。


 どれくらい時間がたったのだろう。


 辺りを見渡す。


 何処かの部屋の中である事がわかる。

 割と広いが、温度はひんやりとしてちょっと寒い。


 絨毯じゅうたんの上で寝ていたようだ。


 中世のたたずまいを思わせる大理石で囲まれた部屋だ。

 ここはどこなんだろう?

 まだ、思考があやふやでまとまらない。

 動かない頭で、考えようとした時だった。

 ゴト、ギギギー、と後ろで何かが開く音がこだまする。


「気がついた様だな」


 突然後ろから声がした。


 声の方を見ると少年が、扉の側に立っていた。


 身長は俺より小さい。140センチぐらいか。


 幼さが残る顔立ちをしているが、目鼻立ちもよく、将来は美少年になりそうだ。

 肩まで伸びた濃い緑髪の少年。年齢は13、14歳といったところだろうか。

 その視線からは、意思の強さを感じさせた。

 白いローブを羽織っている。


「あ、君は……、誰? ここは……、何処?」


「ここは、俺様の屋敷だ、それよりも聞きたいのはこっちの方だ。お前は何者だ!」


 ビシっと手で俺を差して言い放った。

 え? 何者と言われても……、俺は……、俺だぞ……。


 どういう事だろう?


「俺は亮太、寺西亮太だ……。君は?」


「テラニシリョウタだと? 異国の服を着ているのでこの国の者ではないと思っていたが……」


 何か思い当たる事があるのか考えにふけっている。


 そういえば、剣道の道着を着たままだったな。


 あれれ、それより俺の質問は、スルーのようだぞ。


 その少年は俺の方を、油断なく見まわしながら、言葉を選ぶ。


「お前、何故あの召喚魔法の術式を知っている? 太古の昔に失われた知識のはずだ」


「……なんの事だ?」


 少年はフフンと笑って、


「ここまで来てしらばっくれる必要もないだろう。お前がここに来る事になった魔法の事だ」


 ここに来る事になった魔法だと?

 ん、待てよ。今魔法って言ったか?

 魔法ってなんの事だ。

 普通に考えると、呪文とか唱える魔法の事か?

 空を飛べたり、ヘンテコな事が起きたりする魔法の事だよな。

 そんなヘンテコな事って俺にあったか?

 と考えて、


「あ!」


と叫ぶ。


 あの光った本の事を言っているのか?

 確かにあれはビックリだ。どんなトリックだったのだろう。

 魔法とかありえないけど、なんか手品なんだろうな。


 しかも俺が使ったって言ってるぞ。なんの事だかさっぱりだ。


 それよりもこの子、何か上から見下してモノを言う子だな。

 なんか腹立たしいぞ。ちょっと教育が必要なんじゃないか?

 そして、俺は宣言する。


「魔法とはなんの事だ、俺はそんなものは使えない!」


 それを聞き、少年は口をへの字に曲げて、亮太を見ていたが、


「そうか、まあ話したくないならそれでもよい。聞き出す事は簡単だがらな」


 そう言って少年は、髪をかきあげた。


「では、しばらくこの部屋で、大人しくしていてもらおうか」


 そういうと少年は、部屋を出ていってしまった。

 バタンと音がした後、ガチャリと音がする。


 あれ、今扉が勝手にしまって鍵がかかったような……。

 いやいや、ちょっと待て。

 まず今までの事を検証してみよう。


 まず、俺。


 体を触って痛い所を探す。


 手も足も別に痛くない。


 体のあちこちに触れてみる。

 大丈夫、問題なさそうだ。

 何処も怪我はしていない。


 頭痛も和らいで今は痛くないし。


 でも、腹減ったな。

 喉も乾く。


 そんなところか。


 次はこの場所。


 ここはどこだろう。


 部屋の中であることはわかる、

 一人でいるには割と大きい部屋だ。

 中世を思わせる佇まいだ。

 木の柱、石の壁、窓の作り。


 外にでるにはどうすればよいか。


 上を見上げる。


 天窓がある、

 柔らかな光が差し込んできて、部屋を照らす。


 ちょっとあそこまでは、背伸びしても届かない。

 椅子になりそうなものもない。


 他は?


 部屋を見渡す。

 扉は一つしかなさそうだ。


 さっきの扉は?


 触ってみる。

 ざらりとした感触。


 重厚な扉でけり破るとかはできないみたいだ。


 ガチャリと言ったが鍵は……。

 押してみたがやはり開かない。


 鍵がかかっているようだ。


「無理か」


 そして少年。


 あの少年は何者だろう。


 子供といえば子供だが、口が悪い。


 大人びてると言えば大人びてるが。


 なんというか、子供っぽくない!


 簡単にいえば可愛げがないのだ。


 少年は魔法とかって言ってたな。


 彼の言葉を思い出す。


「俺がここに来たのは、魔法を使って来たと言ってたな・・」


 魔法ねぇ。使ったのか? 俺。

 どうやって?

 俺が聞きたいよ。


 そういえば納屋で、本を見つけたな。

 あれが重要な鍵なのだろう。


 あの時の事を思い出す。

 確かに俺は、あの本を読んだ気がする。

 でも、ほとんど無意識だった。

 それは確かだ。


 本に意思があって読まされたと、表現した方がしっくりくるな。


 うん、たぶんそんな感じなのだろう。

 それによって魔法が起きたのか?


 だから、俺はここにいる??


 魔法を使って?


 ここは何処なんだろう。


 堂々巡りだった。


 時間だけが、過ぎていった。

 何時間経ったことだろう。

 太陽も沈み夜になってしまった。


 ……

 あれから音沙汰無し。

 放置かよ!!


 喉が渇いたし、腹も減った。


 このままでは、死んでしまうぞ。

 仕方ない、このままではらちが明かないしな。


「おおーーい」


 扉をドンドンと叩く。

 飯が欲しいと訴えてみる。


「腹が減ったぞーー、何か食わせろ!!」


 返答なし。


 どういうつもりだ。

 困ったものだ。


 このままでは飢えてしまう。

 あの少年はいないのだろうか。


 更に扉をドンドン叩く。


「誰かいないのかーーー!!」


 その音に反応したのか、ガチャっと音がして、扉が少し空いた。


「!」


 俺は扉に近づくと、あの少年が再び現れた。


「言う気になったか?」


 少年はのぞき込むように聞いてきた。


 このまま少年を押しのけて逃げ出すという手もあるが、それをして得るものも少ない気がする。


「もう降参だ、俺の知ってる事ならなんでも言うから、何か食わせてくれないか?」


 少年は亮太をしばらく眺めて考えていたが、


「はは、いいだろう」


と言って水の入ったコップを差し出す。


「み、水……」


 水でもいい。

 俺はひったくるようにコップを奪い、のどを潤した。


 冷たく美味しい水だった。

 喉が渇いた時に飲む水って、こんなに美味しいんだ。


「さて、聞こうか」

 少年は壁にもたれかかり、俺の言葉を待つ。


 俺はいままであった経緯を、話して聞かせた。

 道場の納屋で本を見つけた事。

 触ったら急に本が光りだした事。

 気が付いたらここにいた事。

 自分に思い当たる事は全て正直に話しをした。

 ……正直に全部話しているのだが、途中からなんか違和感を感じ始めていた。


 言わなくていい、エピソードも何もかも話してしまっている。

 少年に聞かれた事は、話さなくてよい事まで喋ってしまうのだ。

 好きな女の子のタイプまで!


 なんだこれは?


 口が俺の意思に関係なく、洗いざらい話しているぞ。

 思った事は何でも口に出す感じだ。


 ようやく言い終えた後に疲れてうなだれていると、少年は少し目が笑っていた。


「嘘はなさそうだな」


「なんか違和感あったけど?」


 少年は髪をかきあげると一言、


「自白薬だ」


 な、なんだと。

 自白剤?

 だから、なんか色々思った事を話させられたのか?

 自白剤って、いつ飲まされたんだ?


 ……


 ……さっきの水か。水に薬が入ってたのか?


 それにしても、せっかく正直に話そうとしているのに人を信用しない奴だ。

 人間不信なのか?

 性格悪いやつ!

 それより毒は入ってないだろうな。

 少年が近づいてきて、俺に言った。


「俺の名はジャスティン=クレーバー、ジャスと呼べばいい」


「お、おう。俺の名は」


「リョウタだったな。少し話に付き合ってもらうぞ、お前の話は興味深い。もっと知りたい事がある。それと飯も腹いっぱい食わせてやるよ。」


 ローブをひるがえし力強く歩いて部屋を出ていこうとしながら、俺に話かけた。


 飯が食える!!

 俺は慌てて少年に続いて部屋を出た。


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