第2話

 いやいや、スマホの表記をいじって僕をからかっているだけなんじゃないの、という疑惑は、長谷と名乗ったその少女が見せてくれた写真により払拭された。


 彼らと同じ、よくわからない服を着た僕が、無愛想にいくつかの写真に写っていた。僕の誕生日パーティの時の写真もあった。ケーキに1と8を形どったローソクが刺さっていたので、18歳の誕生日なのだろう。僕の誕生日は、10月25日。一か月弱前に祝ったばかりだが、こんなふざけた写真は断じて撮っていない。


「これが一番新しいやつかなぁ。名取くん全然取らせてくれないからあんまないかもー」


 呆然とする僕にその後待っていたのは、少年、来海による状況説明である。


「この世界には、超能力が存在する」


 いきなり何言ってるんだろうこの人は、と思ったが、彼の目は真剣そのものだった。


 突っ込みづらい。


「例えば念動力とか瞬間移動みたいなオーソドックスなやつとか、種類は結構いろいろあるよー。って言っても信じらんないよね? ってことで実演しまーす」


 長谷は立ち上がると、サイドテーブルに乗っていたコップを手に取った。


「よく見ててね。いくよー」


 と言った瞬間、彼女はコップを握っていた手をぱっと広げた。

 落下していくコップ。僕は、ガラスが割れる音に備えて少し身を固くした。

 しかし、コップは途中で落下を停止した。

 ぴたっと動きを止めたあと、ゆったりとした動きで逆方向に浮き上がっていった。

 そして、長谷の手の中へ戻る。


「これが念動力。どう? 信じた?」

「……手品?」


 と返すと、長谷はにっこり笑った。と思う。しっかり確認する前に、僕の体が急に何者かに持ち上げられるようにして天井に向かって浮かび上がってしまったせいで、彼女の顔が視界からはずれてしまったから定かではない。


 天井にぶつかる、と身を縮めるたところで、上昇が止まった。天井までほんの3cmくらい。

 ふよふよ浮いたまま下を見ると、長谷はやっぱり笑っていた。


「信じた?」

「……うん、信じた」


 コップなら糸で吊るなりできるだろうが、僕を持ち上げるにはかなりおおがかりな仕掛けが必要になる。それに、糸で吊り上げられたなら、その箇所に中心的に力がかかるはず。その違和感を、僕は感じなかった。


 超能力は実在する。


 信じられないが、信じざるを得ない。

 長谷にベッドへ降ろしてもらい、人心地つく。


「やりすぎじゃないか?」

「こうでもしないと信じてもらえないでしょー」


 うんまぁ、信じなかったと思うよ。


「今のは、長谷さんの能力ってことだよね? 来海くんも能力者なの?」

「あぁ、そうだよ。俺の能力は……憑依。人形とか、動物に意識を乗り移らせることができる」


 憑依か。そういうのは、超能力っていうか呪術系の臭いがするけど。種類がいっぱいあるって言っていたから、かなりいろんな能力があるのかも。


「超能力者はずいぶん昔からいるんだが、数が少ないからそれを隠して生きてきた。能力は遺伝しやすいから、先祖代々言い伝えとして残してきたり」


 なるほど、自ら存在を隠してきたから、一般人たる僕は超能力者の存在を知らないということか。まぁ、現実に超能力者とかいたら普通に迫害されそうだし、その判断は合理的かもしれない。


「でも、最近は突然変異的に能力を発現する人がおおくなってきちゃってさ。能力を悪用して、窃盗とか強盗とか、あまつさえ人を殺したりとかする人も!」

「そんな能力者を取り締まるために、ついでに能力者の統率を行うために結成されたのが、『協会』――俺たちと、そしてお前は、この団体の一員なんだ」

「……え?」


 悪の能力者を取り締まるための、善の組織。それが『協会』。

 協会、秘密結社、謎の組織。ラノベでよく見るやつだから、そういう設定はすぐ飲み込める。


 で、その僕が団体の一員だったって?

 突拍子もなさすぎて、思わず笑ってしまった。


「すぐに信じられることじゃないと思うけど、そんなに笑うな」

「ごめん、でも、それって僕も能力者ってことでしょ? 僕、能力なんて持ってないんだけど」


 それは確実だ。能力の存在を知っていたら、長谷が能力を披露した時すぐ彼女が能力者だと信じただろう。


「だから、一年前に発現したの。遺伝型だと小さいころから使えるけど、突然変異型だと大きくなってから能力が発現することが多いんだよねー。自覚がないから気づいてないだけじゃないかーって説もあるよ」


 僕は愕然とした。

 一年間に一体何があったんだ。環境変わり過ぎじゃないか。ラノベじゃないんだから。


「ちなみに、僕の能力って?」

 

 聞くと、二人は顔を見合わせた。


「それは、まだ伝えないほうがいいだろうって上司が」


 そういわれると、逆に気になるんだけど。

 しかし上司の命令に逆らえというのも酷なので、それ以上追及はしなかった。


「んでね、数年前に『協会』が邪魔だからぶっ潰そうっていうコンセプトで、悪い能力者たちが集まった団体『組織』が結成されちゃったの」


 うん、それもテンプレだな。『協会』の対抗団体が、『組織』……両方ともネーミングセンスどうなの? 能力者団体なんだから、もっと中二心あふれる名前を付ければいいのに。


「お前は三日前、『組織』の刺客と戦ってたんだが……その時に受けた攻撃のせいで、一年分の記憶を失ってしまったんだ」

「名取くん主力だったからねぇ。多分、戦力として使い物にならなくしようってことだと思う」


 確かに、一定の効果はありそうだ。今の僕が、「組織の刺客と戦ってきて!」と言われても、絶対に断る。よくわからない団体のために、よくわからない刺客と戦うのなんてごめんだ。


「来海くんは失ったっていったけど、正確には『封印された』状態なんだよね。だから、その封印が解けないかどうか、今解析してるところなの」


 完全に記憶を消去されたよりは、取り戻す希望はあるらしい。

 

 これで、基本的な話は終わりのようだ。


「話はなんとなくわかったけど……僕は当面どうしたら?」

「任務とかは割り当てられないから、『協会』の施設内でのんびりすごしてもらうって感じかなー。もしかしたら何かのきっかけで記憶が戻るかもしれないし」

「その間の案内は俺達が引き受けるから、何かあったらなんでも言ってくれ」


 頼もしい限りだ。でも、僕の頭には、ある疑問が浮かぶ。


「僕、辞めたほうがいんじゃない? いろいろ迷惑かけそうだし」


 そんな丁寧に解析してもらっても、封印が解けるかわからないじゃないか。

 ぶっちゃけ、こんな知らないところにいるより、早く家に帰りたい。


「それはできない。お前の記憶は、消されたんじゃなくて封印された状態だから、敵に捕らえられて、無理やりこじ開けられるかもしれない。そうしたら、こちらの情報が流出してしまうから」


 なるほど。それは避けるべき事態だ。

 ってことは、家には意地でも帰してはくれないんだろうなぁ。


「もー、来海くんってば怖すぎるよー脅してるんじゃないんだからさ。ただ単に心配だからっていうだけでいいじゃない」


 どっちでもいいや。気を遣ってくれても、くれなくても。


「事情はわかった。しばらくここで大人しくしているよ」

「そう言ってもらえると助かる」


 長谷は椅子から勢いをつけて立ち上がった。


「じゃあとりあえずご飯でも食べに行こうよ! 名取くんだってお腹すいたでしょう? 詳しいことは、食べながら話すってことでどう?」

「お前が空いてるだけだろ」

「バレたか」


 僕もまぁお腹が空いてないこともなかったので、空気を読んで同意した。

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