第4話 白雪さんの暴走

思えば今日は、あまりにも運がなかったんだ。

朝起きた事故のせいで遠回りして登校するはめになったし。

いつもは誰とも話さなくていいように遅刻ギリギリに行くようにしてるのに、今日は事故のせいで遅刻して注目浴びるし。

――だから、今、要真治に胸ぐら掴まれて屋上にいるのは、ただ今日の俺の運が特別悪いだけなんだ。


……と思う。



今日は朝から空気の重い、どんよりとした曇り空だった。

「恋雪ーっ!移動教室一緒に行こっ」

「うんっ!」

転校してきてから数日しか経っていないが、天真爛漫なその性格ゆえすぐに友達が出来たようだった。

うっかり雪女であることを忘れそうになる。

にこにこと友達と話す白雪さんを見て、俺は大きな溜息を吐いた。

溜息の要因はもちろん、要真治の昨日の一件。

学内で生徒、教師から絶大な支持を受ける彼。

成績優秀、スポーツ万能。おまけに顔もイケメンとくれば噂にならないわけがない。

俺とは絶対に関わることの無いタイプの人間だと思ってた……――昨日までは。

まさか他校の女子とラブホ行くなんて思わねーし。

このことをありのまま白雪さんに伝えていいのか…?

つかなんであいつ白雪さんの告白をOKしたんだ?言いよられることはたくさんあったはずだ…だけどアイツが誰かと付き合っているなんて聞いたことがない……。

――だめだ、考えがまとまらない。

俺は重い腰を上げて次の移動教室へ向かうことにした。

が。

物思いにふけっていたせいで、移動中ぶつかってしまった。

「あ、君…平木孝汰くんだよね?」

要真治と。

「お、おぉ…要真治…くん…」

「あ、僕のこと知ってるんだ。嬉しいなぁ」

それは俺のセリフだ。

にこにこと笑う彼はこう続ける。

「丁度よかったよ。僕、君に用があったんだ」

「用…?」

俺に?何の?


「昨日僕のことつけてたのって、君だよね?」


一気に血の気が引くのを感じた。

バレていた。

さっきまでの笑顔が嘘のように、冷たい。

冷や汗がツー…と背筋を伝う。

これは…やばい…

そう思うのに、体が凍ったように動かない。

「沈黙ってことは、Yesってことでいいんだよね?」

ゆっくりと近づく要に肩を組む形で誘導される。

「人目に付くと面倒だからさ…人目がないとこ行こっか」

小声で呟く要に従うしかなかった。

次の授業の開始を告げる鐘が、自分の心臓の音のせいで、遠くに聞こえた。




本来なら施錠され進入を許されていない屋上。

端からそのつもりだったのだろう、鍵が準備されていた。

扉の開閉とともに乱暴に振り払われ、勢い余ってすっ転んでしまった。

そのままうつぶせの状態で髪の毛を掴まれる。

「誰かに口外したか?」

明らかな殺意を向けられている。

下手な事を言うと殺されてしまいそうだ。

「だ、誰にも話してない…っ」

自分の声が震えている。なんて情けない。

「ホントだな?」

黙って頷く。

「――よし」

そう言うと髪の毛から手を離された、ホットしたのも束の間。

胸ぐらを掴まれて無理やり起こされ、屋上端まで追いやられる。

進入を許されていないのもあり、フェンスは立っていない為、体が仰け反り、胸元までしか高さのない淵から半分体が外に出ていた。

このままじゃ…っ下に落ちる……

「じゃあ死ぬか」

――は…?

「な…に言ってん…だおまえ……っ」

胸ぐらを掴まれている上、落下する恐怖心で上手く声が出てこない。

暴れたら落ちるかもしれない。

でもこのままじゃどっちにしろ落とされてしまう。

どうしよう

どうしようどうしよう

どうしたら……っ!!



「平木さーーーん?ここですかーーー?」


女生徒の声がする。

この声は…

「し…ら、ゆき…さん……っ」

白雪さんの姿を見た途端、パッと俺を解放する要真治。

「ゴホッゴホッ…ッハァハァ…ッ」

やっとまともに呼吸ができる。

「どーしたの白雪さん、今授業中でしょ?」

作り笑顔を浮かべた要が、ゆっくりと白雪さんに近づく。

「平木さんが居なかったので、探しに来たんです…えと、要さん…今…平木さんを…

落とそうとしてました…?」

俺は要真治がポケットナイフを取り出したのを見逃さなかった。

「――っ……!」

咄嗟に白雪さんの前に出て白雪さんをナイフから守る。

「平木さんっ!!」

肩が切られ血が滲む。いっってぇ…

「…チッ…

あーあー…ブスしか居ないウチの学校で…せっかく上玉が手に入ったと思ったのによぉ…」ブツブツと話す要。

「お前…本性はそんな奴だったんだな」

「くくく…傑作だよなぁ…みーーんな俺の事信用して信頼して…………けど、言いよる女はブスばっっっかりだ…」

「だから他校の女生徒に手ぇ出してたのか」

「はぁ…?それのなにが悪ぃんだぁ……?

俺が相手してやるんだからブスじゃ勿体ねぇだろ…俺の格が下がっちまう」

ナイフの刃先を白雪さんに向け、

「だからさぁ…そいつは俺の隣でも遜色ないと思ったんだがよぉ…全然ヤらせてくんねーしさ…………そんな女…居る意味ねーだろ?」

なんとも下品で不敵な笑みを浮かべる。

「…っ…女をなんだと思ってんだよお前」

「はぁーー?玩具以外にねーだろ?女は黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ」

「……はぁ……

じゃあこれ、学校中にばらまこうか?」

昨日スマホで隠し撮りしたラブホに入る2人を見せる。

「…っは、関係ねーだろ

今からお前ら二人とも死ぬんだからなぁ!!?」

ピピッ

機械音が鳴る。

「あ…?」

「録音完了。ありがとな、色々ベラベラ喋ってくれて」

「お、前…いつから……」

「白雪さんが来てくれた辺りからかな。

これを聞いたみんなの反応が楽しみだなぁー」

「……なに、…今から死ぬ奴がイキってんじゃねーぞ!!!」

ナイフを向けてつって込んでくる要。

なんとか白雪さんだけでも逃がさないと…っ

「白雪さ…」

とんでもない冷気を感じた。

と、同時に要真治が屋上淵まで吹き飛んでいき、伸びてしまった。

「…ん……!?」

「平木さん…私…あの人の事許しません…」

一瞬で屋上が凍りつく、と同時に猛吹雪が吹き荒れる。

怒りのせいだろうか、目がうつろのまま要真治の方を指さし氷よつぶてを作っている。

「ちょ、ちょちょ!?白雪さん!?

も、もう大丈夫だから!アイツ向こうで伸びちゃってるし!この吹雪止めて!」

急いで白雪さんを諭す。

「……」

効果がないようだ。

いやいや!!待って待って!?このままじゃマジで要の野郎も俺も凍死しちゃうって!!

みるみるうちに足元に雪が降り積もっていく。

「ちょっちょっ、白雪さん!!」

呼びかけてみる。

「…………」

返事がない。

うおおおおい!このままじゃマジでただの屍になりかねないから!!

つぶてだったものが槍のように鋭くなり、要の元に掠め飛んでいく。

やばいやばいまじで!!

どうしよどうしよどうしよ!!

既に雪が膝下まで降り積もりつつあった。

てか寒すぎてどうにかなりそう!!

なにか、なにか…っ

なんとか白雪さんの気を引けるような事……っ!!

――…うああっイチかバチかだっ!!


「ごめん!!」

白雪さんをそっと抱きしめた。

『大丈夫、大丈夫だよ。だから俺に委ねて』

昨日借りた漫画のセリフ…っ!

うあああくっっそ恥ずかしい!!

白雪さんの反応は……っ!!?

頼むこれで正気に戻ってくれ!

「はわわわわわわわわわっ」

白雪さんが真っ赤だ。

え、可愛い。

って違う違う!!

思いっきり離れて距離をとる。

「い、今のっどき☆ワク!?らぶラブCANDY☆のセリフですよね!!!

ふわぁ~~っドキドキしますっ!」

「近い近いちかいって…」

めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、とにかく我に帰ってくれてよかった。

お陰で吹雪も収まったようだ。

「ふあっ!?なんですかこの雪!

……あ、私もしかして暴走してました…?」

「え、覚えてねーの?」

「はい…私…感情的になると暴走しちゃうみたいで…前にも、スキー場で猛吹雪を起こしたことがあって……」

「……スキー場で?」

まさな…なぁ…

「はい…でもそれが無かったら平木さんに会えてませんでしたから」

「………え。」

「………あ。」

「あの時俺が遭難したのって白雪さんが原因だったの!?」

「……えへへ」

「えへへじゃねーーーー!!!」


「ちょっと貴方達!?何してるの!!」

教師達の到着により、なんとか事件は収束した。

その後、俺と白雪さんは反省文の提出。

要真治は、謹慎処分になったらしい。

殺されかれたのに退学じゃないのは納得いかないが。

とにかく、なんとかなって本当によかった。


「平木さん、あの時、守ってくれて

本当にありがとうございました」

改めて、お礼を言って微笑む彼女。

面と向かって言われると照れるな。

「おぅ…」

素っ気なくかえしておくことにした。

「わー!今のっ漫画のキャラみたいですっ!」

ツボだったらしい。




「平木…孝汰…っ」

この時、ギリッと歯ぎしりをする影に

俺が気づくことはなかった。


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