帰宅

 ウトウトしていると、バサバサと何かが大きく羽ばたいている音が聞こえて、少女は覚醒した。


 いつもなら、起きた後はウトウトしているのだが、この時はすぐ目が冴えた。


「かえってきた!」


 立ち上がり、大穴の出入り口を仰ぐ。強い風が頬を叩きつけた。


 まだか、まだか、と待っていると、風が止み、羽音も聞こえなくなった。首を傾げていると、出入り口からヴィルディアが顔を覗かせた。


 下りる気配がなくて、さらに首を傾げているとヴィルディアが口を開く。


「危ないから、岩陰に隠れていろ」


 少女はハッとなり、慌てて岩陰へ移動した。ちゃんと移動したのを確認し、ヴィルディアは再び翼を羽ばたかせて、下降する。


 底に着地して、口で咥えていた二つの荷物を下ろす。その直後、少女は顔を輝かせながら、ヴィルディアに駆け寄った。


「おとーさん、おかえりなさーい!」

「……ああ」


 足に抱きついて、にぱぁと笑いながらヴィルディアを仰ぐ少女に、素っ気なく答える。


 内心、本当に自分を恐れないのだな、と妙に感心した。普通の子供だけではなく、大人でも自分の姿を見れば恐れるというのに。


 しかも少女は踏んでいる足の部分には、大きくて先端が尖った黒い爪があるというのに、それの存在など目に入っていない様子だった。


 肝が据わっているというか、なんというか。


(将来、大物になりそうだな)


 などと考えていると、ぐうぅぅと、大きな唸り声が聞こえてきた。自分ではないから、少女を見下ろすと、少女はその場に座り込んでしまった。


「おなか、すいた……」


 どうやら唸り声は、少女の腹の虫が鳴いた音だったようだ。


 ただでさえ日照りで食糧が手に入りにくかったのだから、今は背と腹がくっつきそうな飢えに襲われているのかもしれない。


「若草色の荷物のほうに食糧が入っている。それを食べろ」

「わかくさいろって、どっち?」

「緑のほうだ」

「ご飯ー!」


 少女が飛び上がって、荷物のほうへ走って行く。固形物は買ってこなかった。どれくらい食べていなかったのか知らないが、固形物や刺激が大きいものは食べさせない方がいいだろうから、果物を中心に買ってきたのだ。


「たくさん食べるな…………胃がびっくりするから」


 理由を細かく言おうとしたが、この少女が理解するとは思えなかったので簡素な理由を述べる。


「はーい!」


 少女は納得したのか、元気よく返事した。


「胃に優しい果物のほうを食べろ」


 果物以外にも乾パンも買ってきたが、乾パンは今の少女の胃にはあまりよろしくないかもしれないので、釘を刺しておく。


「そっちのほうがびっくりしないの?」


「ああ。食べる分だけ取って、洗いに行ってこい。土がついているものもあるから。籠も買ってきたからそれに入れろ」


「うん!」


 元気に頷いて、若草色の袋を開けて覗き込む少女に、ヴィルディアは無意識に顔を緩めた。


 一方の少女は、どれを食べようか迷っていた。こんなにたくさんの果物を見るのは久しぶりなうえ、見たことがない果物もあって好奇心が擽った。まだ食べ物が売っていた頃も食べたいものが買えないことも多く、自由に選べるのが夢のようだった。


 ここに母がいないのが残念だった。いつも食べたいものが食べれないことに対して、ごめんね、と自分に謝っていた。ここにいてくれたら、きっと笑ってくれていたはずなのに。


 寂しくなる気持ちをぐっと堪えて、果物を選ぶ。 


 六個ほど籠の中に入れたところで、ヴィルディアが声を掛けた。


「……おい」


 少女は顔を上げる。


「そんなに食べられるのか? 食べきれる分だけにしろ」


 いくら空腹だからといっても、ヴィルディアからしてみれば多い量だった。

 すると、少女はきょとんと首を傾げた。


「おとうさんはたべないの?」

「は?」


 その言葉に、ヴィルディアは怪訝な声を上げる。


「あとはおとうさんの分!」

「お前……昨日話したこと、覚えているか?」

「きのう?」


 うーん、と小さく唸りながら少女は上を見上げる。

 その様子にヴィルディアは溜め息をついた。


「話しただろう。私は魔素がある限り生き続けると。だから食事をする必要がないと」

「あ!」

「忘れていたな……」


 自分から聞いてきたのに、頭から抜け落ちていたとは。

 再び溜め息をつきそうになったら堪え、吐き捨てるように言った。


「だから自分の分だけにしろ」

「うーん」


 少女は何故か悩ましげに唸り声を上げる。


「でも、食べれるんだよね?」

「ああ」

「果物、きらいなの?」

「別にきらいではない」


 食べる必要がないから食べない。それだけだ。


「だったら、おとうさんもいっしょにたべよ!」


「それはお前に買ってきたものだ。お前が食べろ」


「でも、二人で食べたほうがおいしいよ?」


「味は変わらん」


「ちがうもん! おかあさんと食べたたときと、ひとりで食べたときとちがっていたもん……」


 最後のほうが口調が弱くなり、少女は俯いた。


 語尾で元気が萎んでいったのがよく分かって、ヴィルディアは堪えきれず盛大な溜め息を漏らした。


「……一緒に食べてやるから、さっさと洗ってこい」


 呆れたような声色になってしまったが、少女は気にすることなく、バッと顔を上げて嬉しそうに笑った。


「ありがと、おとうさん! おとうさんは何個たべる?」

「……一個でいい」

「はーい! それじゃ、洗ってくるから、そこでまっていてね!」


 籠に入れた果物をいくつか戻し、少女はペタペタと水場に続く穴のほうへ走って行った。

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