換金と老人②

「それは……どういう意味だ?」


「そりゃ、竜を狩ることは原則禁止されていることやからや。この国だけじゃない、他の国……いや、世界中がそうや」


「原則禁止だと?」



 ヴィルディアが怪訝な顔をする。


 人間にとって、ヴィルディアたち竜は、脅威だ。だから、竜狩りというものがあった。原則禁止ということは、竜狩りはもういないということになる。


 ヴィルディアにとっては、とても重要なことだ。



「竜は世界で一番危険な生物や。知能も高い。怒りを買ってしまったら、国が滅ぶくらいや。東国の諺にある、触らぬ神に祟りなし、ということやな」



 ぎく、とヴィルディアの表情が固まる。そのことに気付いていない老人が、さらに言い続ける。



「大昔、竜が大国を滅ぼしたとかで決められたことみたいやから、そういうことなんやろうな」



 うんうん、と頷く老人を見ることが出来なくて俯く。


 大昔。大国を滅ぼした竜。怒り。


 それは、おそらく。



「あんさん、どうした?」



 老人の訝しげな問いに我に返り、ヴィルディアは顔を上げた。



「あ、ああ。すまない。ボーッとしていた」


「大丈夫かいな?」


「ああ、問題ない。ところで、その鱗は売れるのか?」



 話を逸らすと、老人がうなり声を上げる。



「あ~……うちで引き取ってもいいんやけどな」


「問題があるのか?」


「見たとおり、うちはそんなに儲かっておらん」


「……」



 確かにその通りだが、本人が言い張ることではないと思う。



「……それで」



 否定せず、かといって肯定せず先を促す。



「この鱗は、状態がえらいええ。希少価値も高いし、骨董品としても超高額で売れる。つまり、正当な価格で取り引きしてもうたら、うちが破産してまう」


「……正直に言うか」



 価値を知らせず、安く取り引きをしてその倍の価格で売る。そのほうが儲かるだろうに。



「信用されないで、商売やってられんわ。儲けよりも信用を選ぶのが、わしの信条や」


「まあ……信用は大事だな」


「せやせや。せやから、最初から正直がええねん」



 ヴィルディアの返答に気を良くしたのか、老人は満足げに笑いながら頷く。



「なら、正当な価格で引き取ってくれる所は何処だ?」


「素材屋やな。あそこ羽振りがええし、気前もええ。妥当な価格で引き取って貰えるはずや」


「素材屋?」



 聞いたことがない単語に首を傾げる。



「素材屋っていうのはな、要するに原材料を売っているところや。原材料っていっても、人間が作るもんやなしに魔物の身体の一部とか、街の外にある薬草とか鉱石とか、まあ普通の人間が踏み入れんような場所にある物を売っているんや。竜の鱗は強い武器とか防具の原材料になるから、けっこう良い値で売れるで」


「ほう」



 それは良いことを聞いた。鱗に限らず、あの山で手に入る薬草も換金してくれるかもしれない。



「ほな、案内するから行くで」


「教えてもらったら一人で行く」


「あそこがこれにどれくらいの値で引き取るのか、見てみたいんや」


「野次馬か」


「ここからだと道がちょい複雑や。初めてこの街に来たもんには難しいで」



 ヴィルディアの言葉を無視して、老人が続けて言う。


 ヴィルディアは老人を見据える。本当に道が複雑なのか分からないが、儲けよりも信用を取ると豪語している人物が、さっそく嘘をつくのだろうかと考える。


 効率的に考えると、換金した後には買い物がある。出来るだけ早く済ませないと、あの子供がギャーギャー言うかもしれない。


 なら、出来るだけ早く済ませるためにも道案内は必要だろう。



「……店番はどうするんだ」


「客は滅多にこんから大丈夫や」


「では、頼む」



 老人がニカッと笑った。



「ほな行くか」



 老親が立ち上がって、歩き出す。


 腰は多少曲がっていたが、しっかりした足取りだった。鱗を懐に仕舞い、ヴィルディアは老人の後に付いていった。

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