換金と老人①
鱗を換金する前に、街の市場を散策することにした。
今の貨幣や物価を確かめる必要があるからだ。鱗を換金したときに、安い値で引き取られては癪だ。面倒だが、この一回で当分困らない程度の金を手に入れるためだ。
(まったく、面倒なことだ)
人の社会には、金がいる。その金を工面するのが、面倒なことこの上ない。
「トゥマ(酸味がある赤い野菜)、今なら一つ十五ダール!」
「名刀といえば、ミカムネ! それが今ならたったの二千ダール!」
「レイラの花飾り! 三十ダールでどうですかー?」
歩いているだけで、色々な情報が入ってくる。一瞥して、その値段を聞いた通行人の表情を見て、安いのか高いのかを見極める。
地道で遠回りだが、致し方ない。
貨幣と物価が少し分かったところで、質屋を探すことにした。
地元民であろう男性に質屋の場所を訊いて、教えてもらった道を行く。
教えてもらった質屋は、木造建てのとても古い建物だった。周りが煉瓦の建物なので、これが異質のように感じる。
出入り口の付近には、無造作に置かれているよく分からない置物がある。舌を出している馬鹿面の人形に、太鼓を掲げている猿の人形に、何の動物なのか分からない人形、その他諸々。全部焼き物のようだが、色褪せている物もある。
(これも売り物……なのか?)
売り物なら、外に置くことはないだろう。もしかして、別に盗まれてもいいほどの価値しかない物なのだろうか。
地震が起きれば、絶対に崩れると確信を持って言える建物を見て、ヴィルディアは躊躇した。
ここは信用できる質屋なのだろうか。見るからに怪しそうだ。
しばらく質屋を眺めていたが、仕方なく入ることにした。別の質屋を探すのが面倒だし、安い値で売られるのなら止めればいい。
立て付けの悪い扉を開けて、中に入る。中は薄暗く、明かりは外から来る太陽の光だけのようだ。
(営業……しているのか?)
不安に駆られながらも、奥に進む。
外もそうだったが、中もごたごたしていた。剣や本、調度品など種類を問わず、色々なものが溢れかえっている。棚が所狭しと並べられているが、どれも詰め込まれすぎて、何があるのか分からない。
雑すぎる管理に、ヴィルディアは半眼になる。
丁寧に扱えば、綺麗な状態で保存できるというのに、どうしてこうも雑に扱うのか。
そのとき、奥のほうからガタッと物音が聞こえた。
音がした方向に足を向け、覗き込む。
そこには、一人の白髪交じりの老人が机でうつ伏せになって、頭を抱えていた。悶絶している声から察するに、頭をどこかにぶつけたのだろう。
「すまぬが、ここの店主だろうか?」
声を掛けると、老人がゆっくりと顔を上げる。老人は黒縁の眼鏡を掛けていた。髪の色と似たような灰色の瞳は鋭く、眉は独特の形をしていた。
老人はヴィルディアに、胡乱げな視線を送った。
「客か?」
「ああ」
訛りがある言い方だな、と思った。
「買うんか? 売るんか?」
「売る」
「物は?」
「これだ」
懐から自分の鱗を取りだして、渡す。
受け取った瞬間、老人の顔が驚愕で満ちた。掌に載せた鱗を凝視し、眼鏡を外して付けて、を繰り返して、ヴィルディアに視線を戻した。
「兄ちゃん、これはどこで手に入れたもんや?」
「湖に落ちていた。鱗みたいだが、何の鱗なのか分からない。だが、状態が綺麗なんでな。骨董品として売れるのではないかと思って、換金しようと来たのだが」
しれっと嘘を吐いた途端に、老人が険しい顔を浮かべた。
怪しまれているのか、と思いながら、ヴィルディアは老人の返事を待つ。
しばらくすると、老人が険しい表情のまま、玄関のほうに視線を向けた。
「今、誰もおらんな?」
「気配はないが」
ただならぬ雰囲気に、念のため“遙かなる眼”で人影がないか確認する。店の中には自分たち以外いなく、店の外も聞き耳を立てている輩はいない。
「兄ちゃん、ちょい耳貸し」
それでも警戒しているのか、老人が手招きをする。訝しげながら、ヴィルディアは耳を傾けた。
「いいか、兄ちゃんが持ってきたのは、鱗は鱗でも、竜の鱗や」
「はぁ……」
自分の鱗なので、分かりきっている。
ヴィルディアの反応に、今度は老人が訝しむ。
「なんや、驚かないんか? 竜の鱗やで、りゅ、う、の!」
「それは……辺境で暮らしていたから、竜の鱗と言われても、どれほどの価値の物なのか分からないのだ」
「どんな辺境で暮らしていたんや」
「正確には、山奥で暮らしている世捨て人、だな」
遠からずな理由を告げると、老人はとりあえず納得したようで。
「若いのに、世捨て人か。兄ちゃん、変わっとるな」
と、言った。
「母が世捨て人になったから、自然とそうなったのだ」
「子供を連れて世捨て人になったってことか? 母ちゃんも変わった人やなぁ」
「そうだな」
「世捨て人が、どないしてこの街に?」
「金が必要になっただけだ」
「世捨て人が金を? なんでまた」
怪しまれそうになり、ヴィルディアは思案した。
正直に言うか。それとも、誤魔化すか。正直に言うと、さらに怪しまれるかもしれない。だが、これ以上嘘を重ねると後々に混乱しそうだ。嘘と設定は大事だが、時折真実を織り込ませないといけない。
「親を亡くした子供が流れ着いたのだ。その子供の面倒を見ることになったので、その子供の衣類を買わなくてはならなくなった」
「子供? 難民か?」
「難民?」
難民、とは何のことだろうか。
「そっか。世捨て人なら知らんやろうな」
老人が勝手に納得した。
「今、隣国とそのまた隣国が戦争をしとるんやけどな、けっこう長引いていて、難民がこの国に流れ着いているんや。その子もその一人じゃないんか?」
「ああ……事情は聞いていないが、そうかもな」
隣国。自分が住む場所に位置している、国のことではないだろう。あの子供があんなに痩せ細っていたのは、日照りのせいだ。戦争の影響はなかったはずだ。
この大陸は広い。いくつもの国と国が、陸続きになっているのはおかしくない。
あの子供のある程度の事情は把握しているが、そこは黙っておく。訳ありの子供なのだ。素性が勘づかれないよう、相手がそう思っているのなら、それを利用することに越したことはない。
「なるほどなぁ。子供っていうのは、金が掛かるもんやからなぁ」
金がいる理由も納得してくれたらしい。
「お前さん、ある意味運が良いかもしれんな。これが牙とか角だったら、しょっぴかねるで」
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