街の中へ
青年は不思議な面立ちをしていた。顔は人間のようだが、頬に鱗がある。人間と爬虫人の混血なのだろうか。
「兄ちゃん、旅人か?」
「そんなところだ」
「身なりがキレイだけど、途中で魔物と遭わなかったのか?」
一考して、ヴィルディアは答える。
「一回だけ。無事に逃げ延びたが、その代わりに所持品を落としてしまった」
「それはついてなかったな。でも、命あってこその物だからな。気を落とすなよ」
「気遣い、感謝する」
素直にヴィルディアの言葉を信じているようで、青年が爽やかに笑んだ。
この青年ならば、情報収集できるかもしれない。ヴィルディアはさっそく聞いてみた。
「実は、地図も羅針盤も無くしてしまったから、この街の名前が分からんのだ。教えてもらえるか?」
「いいけど、羅針盤なんて古い物を使っていたのか?」
「確かに大きくて嵩張るが、祖父の形見だから、愛着があって使っていたのだ」
咄嗟に嘘をつく。
人間社会にいた頃は、方角を測るものといえば、両手で持たなければならないほど大きい羅針盤だった。どうやら今の時代、羅針盤は古い物らしい。
羅針盤のように、もはや古い物がある可能性が高い。今後、気を付けなければならない。
「じいさんの形見か~。そりゃ、無くしてしまって残念だったな」
「残念だが、無くしてしまったものは仕方あるまい」
「オレも見たかったな、その羅針盤。今じゃ、骨董店に売ると高値で取り引きされているほど、貴重なものだぜ?」
「今あっても、売るつもりはないが」
つまり、羅針盤は今、作られていないということか。しかも、骨董品ということは、それから大分時が経っている。
「それはそうと、この街のことについて、そろそろ教えてくれないか?」
「ああ、そうだった。ここは、ガランディだ」
「ガランディ……」
聞いたことがない名前だ。少なくても、ヴィルディアが人間社会にいた頃にはなかったように思える。
「あれ? 知らないのか? けっこう有名な街だけど」
「僻地出身でな。あまり世間のことは知らんのだ」
ヴィルディアの嘘に、納得したように青年は笑った。
「ああ、なるほどな。グッディ一番の交易の街さ。色々な種族がいて、混血人もたくさんいるから、交易しやすいとかで発展した街なんだ。他のところはやっぱり種族の違いが問題になったりしているけど、ここは他と比べるとないってさ」
「この街に詳しいのか?」
「おばちゃんがこの街に住んでいるから、手紙で色々聞いているんだ」
おば。伯母か叔母なのか分からないが、爬虫人なのか人間なのか、どちらなのだろうか。まあ、自分には関係ないことだ。
とりあえず、この国の名前がグッディなのは分かった。
「オレ、そのおばちゃんのところに遊びに行くんだ」
「そうか。仲が良いのだな」
「小さい頃はよく遊んでもらったからな」
門番が青年に話しかける。
「あ、オレの番だ」
「教えてくれて、感謝する」
「どういたしましてっと!」
最後に爽やかな笑顔で手を振って、門番に検分されに行った。
青年が終わり、自分の番になった。武器も所持品もないので、すぐに終わり、通行証を貰い受けて、ガランディの中に入った。
ガランディの街を見渡す。三階建てのレンガ造りの家が、ずらりと建ち並び、真っ直ぐで大きな道が向こうまで続いている。おそらく、向かい側の門まで続いているのだろう。交易と言っていたが、ここは関所を兼ねているかもしれない。道には馬車が通り、人々が行き交っている。この道が街一番の大通りに違いない。
(他国のことはいえ、随分と変わったものだ)
一番変わったのは、獣人と爬虫人、それから鳥人が普通の格好をして、堂々と歩いていることだろうか。
元いた国だけではなく、世界各地でもその三つの種族は奴隷とされ、家畜同然の扱いをされていた。ボロボロの服を纏い、濁った目で主に従う姿はなんとも哀れだったことか。
だが、擦れ違う三つの種族は、人間達と変わらぬ服装を着ている。なら、青年の出で立ちも納得できる。裏面がどうあれ、表向きは三つの種族が奴隷ではなくなって久しくなっているということだ。
奴隷を見る度に、浅ましくて嫌悪していたので、少し清々しかった。
(さて、行くか)
さっさと買い物を済ます前に、世情とこの街のことについて調べなければならない。一回だけなら必要ないが、すぐ買いに行かなければならないかもしれない。
「どうして私がこんなことを……」
小さく愚痴りながら、ヴィルディアは喧騒の中へと足を踏み入れた。
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