竜、街へ行く

 竜の視力は、とてつもなく良い。始術を使えば、千里の先も見通せることができる。


 この術のことを“遙かな眼”と呼ぶ。


 ヴィルディアは“遙かな眼”を使い、雲の上から街を見下ろしていた。やはり周辺は日照りに嘆き、作物を育てることができず、疲弊しきっていた。


 ここでは駄目だ、と遠くへ遠くへ飛んでいく。


 ようやく活気が溢れる街を見つけると、そこから離れた森に着陸した。すぐ傍には湖があり、そこで腕を洗う。


 人がいないことも確認し、ヴィルディアは目を瞑った。


 ヴィルディアの身体が発光し、みるみるうちに縮んでいく。竜の姿から、人の姿へと変えると、光が霧散して、人間の男が現れた。


 黒く真っ直ぐな髪は、肩甲骨まである。顔付きは美丈夫といっても過言ではないほど整っており、鋭利な目つきをしている。肌は白く滑らかだった。


 人の姿になったヴィルディアは、水面に浮かぶ自分の姿を見下ろす。



「変なところは……ないな……あっ」



 目の色がまだ金色だったのに気付き、慌てて青色に変化させる。


 久方ぶりの“姿変わり”だったが、目以外は上手く化けられた。油断すると、角や尻尾が出たままになってしまう。


 自分の姿を確認したところで、ヴィルディアは水面に向かって手を翳した。


 ぐっと力を込めると、何も落ちていないはずの水面が波打った。水紋を描くと、その真ん中から黒い鱗が飛び出し、翳しているヴィルディアの手に向かって突進した。それを受け止めて黒い鱗を見やる。


 黒い鱗は、ヴィルディアの鱗だ。光の角度によって、銀色に光るそれはヴィルディアの手に余るほど大きい。


 鱗は定期的に生えかわるので、水浴びすればポロポロと落ちるのだ。人間の間では貴重品として、この鱗が高値で取り引きされている。



(まさか、私が自分の身体の一部を売ることになるとは……)



 眉間に皺を寄せる。


 昔の出来事もあって、身体の一部を売ることに対して抵抗があるのだが、贅沢は言っていられない。すぐ金が必要であるし、ヴィルディアに出来る仕事が分からない。昔と今では、職業の事情が変わっているに違いないからだ。



(人の生活は、どれほど変わっているのか……)



 ボロを出さないよう、気を付けなければならない。不審がれないよう、慎重に行動せねば。


 鱗を懐にしまい、街に向かう。途中で人を襲う魔物に会ったが、本能で竜だと理解しているのか、むしろ道を譲ってくれた。


 しばらく歩くと、街が見えてきた。


 再び、“遙かな眼”で街を見渡す。


 人間や獣人、爬虫人もいる。森の奥に暮らしている森人もいる。人間も肌が白い人間だったり、褐色の人間がいる。どうやら、様々な種族や国籍の違う者たちが集まっている街のようだ。


 ここなら、群れに紛れることができる。人混みは苦手だが、目立つよりかはマシだ。



(やはり……服も違うな)



 ヴィルディアは自分の服を見下ろす。この服は、昔人間の社会に身を置いていた頃と同じ服だ。あそこは砂漠の中にあった王国だったため、砂漠の環境に適した服を着ていた。


 ここは砂漠ではない。この服が今でも通用するのか分からないから、街の人が着ている服に合わせたほうがいいだろう。


 さっそく服を観察して、自分でも合いそうな無難な服を見繕う。服は“姿変わり”の応用で変えることができるのだ。


 こんなものか、という服に“姿変わり”して、さらにフードを付ける。これで良いだろう。


 街には外壁がある。門には衛兵がいて、検問している。



(さて、どうするか……)



 剣呑な空気ではないことから、犯罪者を取り締まっているわけでもなさそうだ。出入りを確認するだけの検問だろう。


 入るのは問題ない。出るときが問題だ。


 入るときは物がないからいいが、出るときは物が多いため不審に思われる可能性がある。しかも買うのは、食糧など日常品で、服は少女の物を買う。もし、中身を検分されたら言い訳が苦しい。



(とりあえず門から入って、用が済んだら“通り抜け”で外に出るか……)



 門番に顔を覚えられるかもしれないが、わざわざ調べられることはないだろう。わざわざ門を通り抜ける必要はないのだが、もしかしたら通行証みたいなものがあるかもしれない。念の為に並んだ方がいいだろう。


 門に向かい、列に並ぶ。


 列は行商人らしき馬車と旅人らしき人間がいるだけで、安穏としていた。並んで早々、一番前にいた旅人が門番と少し話しただけで、通されていた。


 行商人の馬車の検分で時間を取られると思うが、問題はないだろう。


 すると、前に並んでいた旅人らしき青年が、ふいにこちらに振り返った。

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