竜、出掛ける
すると、笑顔は一変、泣きそうな顔になる。
どうしてそんな顔をするのか分からなくて、ヴィルディアは顔を顰める。
「不満か?」
「おとうさん、ここを出て行くの……?」
「一旦出掛けるだけだ。また戻る」
「そっか!」
安心したのか、笑顔が戻った。
「でも、どこにでかけるの?」
「お前の食糧を調達するために、遠出する」
「しょくりょー? ちょーたつ?」
「お前のご飯を買いに行くってことだ」
「わたしのご飯?」
少女が不思議そうに首を傾げる。
「そうだ。お前は、私のように空気中に漂う魔素を取り込めるわけでも、貯め込めるわけでもないからな。食べ物が必要だ」
「わたしにも、そのマソを取り込むことできないの? しゅぎょーとかしたら、できる?」
「修行しても出来ない。人間が魚になれないのと一緒だ」
「そっかー。なら、しょうがないね!」
なんとも聞き分けが良い。昨日の様子を見るからに、粘ると思っていたヴィルディアは、少し感心した。
「わたしも一緒に行ってもいい?」
「人間のところには行きたくなかったのではないか?」
「おとうさんと一緒ならいいの!」
「はぁ……」
あんなにごねていたというのに、どうして今はいいのか。自分と一緒だから、いいのか。
その気持ちがよく分からない。
「駄目だ」
一蹴すると、少女は目をまんまるにした。
「なんで?」
「今のお前は目立つ」
「めだつ?」
なんで目立つのか分からないのか、少女が不思議そうにしている。
銀髪は一応珍しい分類に入るかもしれないが、然程のことではない。問題なのは、格好なのだ。
「お前は、自分が標準体型だと思っているか?」
「ひょーじゅんたいけいって?」
「痩せていると太っているの間だ」
「なら、おもっていない! やせている!」
「よし、自覚はあるか」
気持ちの良い返事に、ヴィルディアは頷く。
「食糧がある場所は、おそらくお前ほど痩せ細っている奴はいない。標準体型、もしくは太っているやつしかおらんだろう。その中にお前が混じると?」
「めだっちゃうね」
「そういうことだ。それから服装もそうだ。それとも、それは現代では普通なのか?」
ヴィルディアからしても、少女が着ている白い服は珍しいと思える。
少女が着るには荘厳で、大人が着るには特別すぎる。白いワンピースを下に着ていることは分かるが、上着も白くて普段着にはとても見えない。だが、人間の社会から距離を置いてから久しいので、こういう服が主流になっているかもしれない。
少女は、首を横に振る。
「ううん。これはね、イケニエが着るものだからって着せられたの」
「あぁ……」
ヴィルディアは静かに納得した。確かに歴代の生贄は、白い服を着ていた。生贄は昔から、白い服を着るのが伝統なのだろうか。
どちらにせよ、服も買わなくてはいけない。人間は服を着なければならないから、替えの服が必要だ。
「おとうさん、明かりは?」
「明かり?」
「おとうさん、出かけるんでしょ? おとうさんがいなかったら、何も見えない」
「そうだな……」
言われてみればそうだ。今は、ヴィルディアが発光しているから見えるだけで、人間の目からしてみればここは真っ暗闇だ。竜は夜目が利くので、明かりが必要ないから、そういう事は考えていなかった。
一考し、ヴィルディアは、指先から一つの光の玉を作り出した。橙色のそれは、ふよふよと浮きながら、少女の頭上で止まった。
「これでいいか?」
「ありがとう! これって、魔法?」
「人間でいうと、そうだな」
魔法は人間だけが使えるもので、竜は魔法を使えない。この術は始術といって、竜しか使えないものだ。
魔法がどのようなものなのか、ヴィルディアもよく知らない。
「水飲みたいときは、そこの穴から下に降れ。地下水の湖がある」
「穴?」
ヴィルディアは指を差して、穴があるところを示す。穴は人間の大人がかろうじて入れるくらいの、狭い横穴だ。少女くらいなら、難なく入れるだろう。
「ここにはお水があるの?」
「お前がいたところは、もう水がなかったのか?」
「うん。しょうばいにん? が高く売っているやつくらい」
「水源が違うのだろうな。ここにはまだ水が残っている。綺麗な水だから、安心しろ」
「うん」
少女が頷いたのを見て、ヴィルディアは翼を広げようとした。
「風圧で吹っ飛ぶといけないから、どこか岩の陰に隠れていろ」
「はーい!」
少女は辺りを見渡して、ちょうど良さそうな岩の柱を見つけると、とてて、と駆け寄り、岩の柱の後ろに隠れた。
それを確認して、今度こそ翼を羽ばたかせて飛翔した。少女は風でよろめいたが、岩の後ろにいたのでそれだけですんだ。
大穴を抜けた瞬間、少女の張り上げた声が聞こえた。
「いってらっしゃーい!」
それに返事することなく、ヴィルディアは大穴を抜け、久方ぶりに外へ出て行った。
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