竜、起きる
鼻の先がもぞもぞして、ヴィルディアは目を覚ました。
瞼を開き、眼前に映ったのは、昨日同居することになった少女の姿だった。
少女はヴィルディアの鼻先の上に上半身を乗せて、だらんとしながら寝入っている。
「……」
どうして、そうなった。
溜め息を吐きたくなったが、それで起きたら騒がしくなりそうだ。だから堪えて、辺りの魔素の様子を探る。
魔素からして、朝にはなったようだ。
(どうするか……)
鼻の上で寝そべっている少女を眺めながら、ヴィルディアは途方に暮れた。
騒がしくなるのは嫌だが、この少女のためにこのまま動かないのも癪だ。
「……おい」
「ん~……」
声を発するため口を動かす。少女からしてみれば上下の感覚が激しいのだが、少女は呻き声を出しただけで起きなかった。
普通は起きそうなのだが、どれだけ熟睡しているのだろうか。
(なんて無防備な……)
昨日が初対面の相手、しかも竜である自分の鼻の上で熟睡するとは。下手したらうっかり食べられるかもしれないというのに。そこまで考えていないのだろうか。
(まだ子供だから、そこまで考えていないのだろうな)
だが、それでも、無防備すぎる。昨日の会話で人間不信気味だと思っていたのだが、その考えが揺るぎ始めている。
(私は人間ではないが)
だから、警戒していないのだろうか。
(馬鹿馬鹿しい……)
考えても栓もなきこと。ヴィルディアにとって、どうでもいいことだ。
二度寝しようか、と思っていたのだが、少女の轟音と呼ぶべき腹の虫の音が聞こえて止めた。
(この娘の食事はどうする……?)
例年通りの実りの時期なら、野に放って、自分で採ってこいと言える。だが、今は日照りの影響で山に食べるものがない。
人間は竜と違って、魔素を溜め込むことが出来ない。つまり、食糧をどこか別の場所から調達しなければならない。
この辺り一帯は日照りが続いているようだし、今はこの子供を外へ出すべきではない。生贄に出した一味に見つかってしまったのなら、芋づる形式で自分のところまで来てしまう可能性がある。
と、いうことは、自分がわざわざ、この子供のために食糧を調達しなければならない。
(どうして、私がそんなことを……)
子供が死んでも、自分にとっては問題ない。だが、今でも痩せ細っているというのに、今よりも痩せ細っていく姿を見るのは、気分が悪い。
(どうせ、不便だと言ってすぐ出て行く)
それまでの辛抱だ。
(人間が食べるもの……)
遠い記憶を手繰る。この辺り一帯は食糧が行き渡っていないだろう。この国の食糧事情は知らない。そもそも、この国の名前すら知らない。
ここに住み始めた頃の名前は知っているが、ここに住み始めてから相当な時間が経っている。侵略して、侵略されて、国の名前も変わっていることだろう。
(そんなことは、どうでもいい)
問題は、この子供の食糧だ。食糧は、街の市で買い取ればいいだろう。ただ、その資金が必要だ。貨幣は持っていない。何かを売らなければならない。
(……あまり、気が乗らないが)
あの方法しかあるまい。
思わず、眉間に皺を寄せていると、鼻の上の塊が身じろぎしだした。
「う~…………んぅ?」
少女がおもむろに顔を上げて、目を瞬かせる。
まだ半分寝ぼけているな、と思いながら、声を掛けようとすると、こちらに顔を向けた。青い色と目が合うと、少女はふにゃ、と顔を綻ばせた。
「おとーしゃん、おはよぉ…………ぐぅ」
「おい、待て。二度寝をするな」
再び寝入ろうとする子供に声を掛けるが、すぐ寝息が聞こえてきた。
一度起きた者に慈悲はない、と思い、ヴィルディアは少女を鼻の上から退かすため、ぽいっと少女を放り投げる。
地面にたたき落とされた少女は、ぎゃふっと、呻き声を上げて地面に横たわる。
鼻をふんっと慣らした。ついでに、躯を発光させる。
のろのろと上半身を起こし、欠伸をすると、ヴィルディアのほうに視線を向けた。
「おとうさん、いたい……」
「私の鼻の上で寝たあげく、二度寝しようとしたお前が悪い」
しれっと言いのけたヴィルディアに、文句ありげな視線を送りつつ、立ち上がって服に付いた汚れを叩く。
この子供の服は白だから、余計に汚れが目立つ。
そういえば、今までの生贄も白い服ばかりだったな、とどうでもいいことを思い出した。
「あ、おとうさん、おはよう!」
「…………あぁ」
不満げな表情が一変して、ぺかーと笑う少女に一応返事をする。
先程も、おはようを言っていたことは、面倒くさいから突っ込まない。おそらく、寝ぼけていて覚えていないのだろう。
「子供」
「なに?」
「私はこれから出掛ける」
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